仲裁判断

 

 

仲裁判断 

仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2003-001
申立人:   X
申立人代理人:
弁護士  花岡 光生
弁護士  阿部 鋼
弁護士  吉田 祈代
弁護士  菊地 智大
相手方:
社団法人日本ウエイトリフティング協会
相手方代理人:
弁護士  大川 敦  
主 文
  本件スポーツ仲裁パネルは次の通り判断する。
  • (1) 相手方が2003年3月23日に申立人に対して行った「平成15年3月23日をもって本協会の登録から除籍する。平成15年3月23日から平成15年9月22日までの間、本協会への登録を拒否する。」との処分決定を取り消す。
  • (2) 申立料金5万円は相手方の負担とする。
理 由
1.当事者の求めた仲裁判断
 申立人は、主文(1)同旨及び仲裁費用は相手方の負担とする旨の仲裁判断を求めた。
これに対して、相手方は、本件申立てを却下し、仲裁費用は申立人の負担とする旨の仲裁判断を求めた。
2.仲裁手続の経緯
  • (1) 2003年6月16日、申立人は日本スポーツ仲裁機構に対して1.記載の仲裁判断を求める仲裁申立てを行った。
  • (2) 相手方は、これに先立ち、同年6月12日に仲裁申立てに同意し、その同意書は仲裁申立てに添付されている。
  • (3) 同年6月25日、申立人は、仲裁人として萩原金美を選任した。
  • (4) 同年7月3日、相手方は、日本スポーツ仲裁機構に仲裁人の選任を委任し、同月8日、同機構は仲裁人として小寺彰を選任した。
  • (5) 同年7月8日、相手方は答弁書を提出した。
  • (6) 同年7月14日、仲裁人萩原金美と仲裁人小寺彰は、第三の仲裁人として小幡純子を選任し、本件スポーツ仲裁パネルが形成された。
  • (7) 同年7月21日13時から18時30分頃まで、当事者双方の代理人出席のもと、審問が行われた。
  • (8) 本件スポーツ仲裁パネルは通信手段による意見交換のほか、同年7月14日、同月21日及び同月26日に協議を行った。
3.事案の概要(当事者の主張)
  • (1) 平成15年1月14日、日本体育大学ウエイトリフティング部(以下、「日本体育大学」を「日体大」、「ウエイトリフティング部」を「ウエイト部」という。)に所属していた男子部員(当時22歳)が、大麻取締法違反の被疑事実で逮捕された(以下、「本件大麻所持事件」という。)。相手方協会は、この男子部員に対し、平成15年3月23日付理事会決定により、本件大麻所持事件を理由として、2年間の資格停止処分を下すとともに、申立人に対しても、「部員に対する監督不行届き」を理由として、「平成15年3月23日をもって本協会の登録から除籍する。平成15年3月23日から平成15年9月22日までの間、本協会への登録を拒否する。」との処分決定を行った(以下、「本件処分」という。)。相手方によると、本件処分は日本ウエイトリフティング協会の「普通会員登録規程」(以下、「登録規程」という。)に基づくものである。
  • (2)日体大ウエイト部コーチ(日体大助教授)である申立人は、2003年3月31日の昼頃に、日体大ウエイト部部長・監督(日体大教授)A(以下、「部長A」という。)を通じて、本件処分を知った。  申立人は、本仲裁手続において、本件処分が違法である理由として、以下のような実体的な事由と手続的な事由を主張している。
    (ア)実体的な事由
    本件大麻所持事件によって逮捕された学生が、日体大ウエイト部の男子部員であり、他方、申立人は日体大ウエイト部女子部のコーチであって、男子部員に対する指導監督には直接関与せず、男女の部員によって練習場も異っており、男子部員に対する指導監督は、申立人が負う指導監督義務の範囲を超えるものである。したがって、男子部員の行為に起因する事件について「部員に対する監督不行届き」を理由とする本件処分は、正当な理由がなく、違法な処分である。
    (イ) 手続的な事由
     本件処分手続には、行政手続法及び行政不服審査法に現された法の精神が適用され、具体的には下記の違法性が存在する。
    • <1>本件処分を下すに際し、申立人に対する聴聞の機会が与えられるべきであるのに、それが与えられなかった。
    • <2>不利益処分を行うにあたっては、被処分者たる申立人に対して、不利益処分の法的根拠・処分要件を明示する必要があるのに、それがなされていない。
    • <3>不利益処分に対して異議がある場合には、いかなる方法により被処分者の権利が救済されるかについて、当該処分それ自体の中に示されるべきことは、適正手続に必要不可欠な要件とされているところ、本件処分には救済手続の教示がない。
    • <4>本来、処分の通知は、処分決定書の謄本の送達によって行うべきであるのに、そのような方式による処分の通知はなかった。
  • (3)以上のような申立人の主張に対して、相手方は、本件処分はこれまでのスポーツ界の慣習にのっとってその内容を決めたものであり、その慣習に違法性はなく、また相手方は法律に違反するような行為は一切しておらず、したがって本件処分に違法性はないとした。また相手方は行政機関ではなく、相手方協会会員相互の一種の契約によって組織されたものであり、相手方と会員の関係は公法の適用を受けるものではないとし、また申立人の行った手続上の瑕疵の主張については以下のような反論を行った。
    • <1> 行政手続法は行政運営における公正の確保の向上を図ることを目的としており、行政庁でない相手方は行政手続法の適用を受けない。 行政不服審査法は、審査庁の裁決に関して定めるものであり、審査庁でない相手方は同法の適用を受けるものではない。法令は、その内容に明記された対象のみに適用されるのであって、「精神」や「趣旨」などという用語を用いて対象を拡大しその行為を違法とすることは法秩序を歪めるもので、これを認めることはできない。
    • <2> 処分決定までの手続の適正については、平成15年3月19日に日体大健志台校舎視聴覚室で行われた日体大ウエイト部臨時総会において申立人も出席し、本件大麻所持事件に関することを部長Aに一任しており、同月22日開催の相手方下部組織である全日本学生ウエイトリフティング連盟(以下、「学連」という。)臨時総会で、部長Aから上記一任を受けたことの説明を受けた後、学連としての処分が行われ、それを受けて翌23日の平成14年度第3回相手方理事会では、学連会長で相手方協会理事でもあるBからの事情説明の後に審議し、本件処分を行ったものであって、何ら手続上に問題はない。
    • <3> 相手方協会に未登録であっても、日常のコーチ活動は可能であり、学連では監督及びコーチの相手方協会への登録を強く要請しているが、未登録であっても日常のコーチ活動を制限されるわけではない。しかも、本件処分は今後の登録を永久に拒否するものでないのみならず、登録拒否期間は日体大ウエイト部の対外活動停止期間と一致するのであるから、本件処分は妥当である。
4.判断の理由
  • (1) 相手方は、「社団法人日本ウエイトリフティング協会定款」(以下、「定款」という。)によって設立された公益法人であり、日本におけるウエイトリフティング競技界を統括することを目的とする(定款3条)。相手方協会傘下のウエイトリフティングの選手及びコーチは、相手方協会の普通会員として位置づけられ、その登録等のルールとして、登録規程が相手方協会理事会によって定められている。普通会員に関する罰則としては、登録規程【10】が、「不正な登録手続きをしたと認められた時は、普通会員の資格を失うものとする。」と規定するが、本件のような処分を行うことについて直接的に定める規定はない。
  • (2) 申立人の主張は、本件処分の実体的及び手続的違法性の双方からなる。実体的な違法性については、申立人は、本件大麻所持事件を惹起した学生が、日体大ウエイト部の男子部員であり、他方、申立人は日体大ウエイト部女子部のコーチであって、男子部員に対する指導監督については、その指導体制も練習場も異にしているから、男子部員に対する指導監督は申立人が負う指導監督義務の範囲を超えるものであると主張する。すなわち、男子部員の行為に起因する事件について「部員に対する監督不行届き」とする処分には、正当性がなく、本件処分は失当であるという主張である。
     これに対して、相手方は、部長Aから本件大麻所持事件に関することを一任された旨の報告を受けており、かつ相手方協会の下部組織である学連が、2003年3月22日開催の学連臨時総会において、日体大ウエイト部、監督及びコーチ(申立人を含む)について、同年3月23日から9月22日まで6ヶ月の対外活動停止処分を行ったことを受け、学連の考え方を採用して処分したものであると主張する。また相手方協会には、本件のような処分に関して具体的な規則が欠けているが、定款及び規程によって黙示的に協会に与えられている権限を行使したものであると主張する。
  • (3) 本件処分に類似する先例は相手方協会には過去20年以上存在せず、また相手方が実際に何らかの本件事例に類似した先例を参照した形跡もうかがわれない。その意味で、相手方は、協会運営について与えられている裁量権を行使して本件処分を行ったものとみるのが相当である。
     日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟-相手方もその一つである-については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、または決定に至る手続に瑕疵がある場合等において、それを取り消すことができるにとどまると解すべきである。
  • (4) このような観点から本件処分をみると、まず第1に、コーチが直接的に指導しているかどうかの有無を問わずに、大学の運動部のコーチであることからその監督不行届きを理由に処分を行うことができるか、さらにはそもそも選手が犯した不行跡に対して何をもってコーチの監督不行届きと判断してコーチに対して処分を行うことができるかは慎重な考量を要する問題である。ウエイトリフティング競技では、国際ウエイトリフティング連盟(以下、「国際連盟」という。)の「アンチドーピング規程(Anti-Doping Policy)」が、「第14-6 1月から12月の間の1年間に、14-2の違反(「アナボリック剤・ペプチドホルモン・隠匿剤・利尿剤の使用や薬理的・科学的・物理的方法で尿をごまかした場合」及び上記「以外のIOC禁止薬物の種類と禁止方法によるドーピングの場合」を指す。)が同一国で3件以上発見された場合、国際ウエイトリフティング連盟は以下のいずれかの処置をとることができる。(a)国内連盟に対する12ヶ月以内の出場停止。(b)5万米ドルの罰金。国内連盟が罰金を支払わない場合は、国際ウエイトリフティング連盟理事会は当該国内連盟に対して12ヶ月以内の期間、出場を停止する。」と定めている。この規定によれば、ドーピングを行った選手が1年間に3人以上になると、当該選手の所属している国内連盟所属の他の選手も国際連盟が主催するウエイトリフティング大会には出場できない場合もあり、ドーピングを行った選手等、その直接の関係者以外に対しても国際連盟の処分がなされうる仕組みになっている。
     国際連盟がドーピングに対して厳しい姿勢をとり、具体的にドーピングに責任のある選手・コーチ等の直接の関係者のみに処分を限定する方針ではないことにかんがみると、本件大麻所持事件で問題となっているのがドーピング物質(禁止薬物)であることから、国際連盟に倣って直接の関係者以外について処分をすることも許されるという考え方もなりたちうる。ただし、上記規定については、連盟所属選手のうち3人もドーピングを行った以上、他の選手についてもドーピングの可能性が高いと推定されることがこのような厳しい処分の根拠であって、単に形式的な監督不行届きを根拠にコーチを処分することとは性質を異にすると考えることもできる(さらにはこのようなドーピングルールによる処分自体が国際的スポーツ法に照らして違法と判断される余地もありえよう。)。
     上記のように大麻がドーピング物質(禁止薬物)であることを考えると、運動部所属の選手が単に窃盗や傷害を行って逮捕された場合とは異なり、コーチが直接的に指導していない選手の行為についても、所属する運動部のコーチであるということのみから監督不行届きを理由にしてその責任を問う余地が全くない、とまで断言することはできない。ただしこの場合にも、処分を決定する判断過程に重大な誤認があったり、違反事実の重大さに応じて処分を選択すべきであるとする比例原則に反したりするなど、当該処分が著しく合理性を欠く場合には、違法となりうると解すべきである。
  • (5) 手続の違法性に関しては、申立人は、行政手続法等に表現された法の精神を根拠に、<1>申立人の聴取がなかったこと、<2>処分の法的根拠・処分要件が示されていないこと、<3>事後救済手続が教示されていないこと、<4>処分決定書の謄本が直接申立人に送達されなかったことを主張する。
     他方、相手方は、行政手続法等の公法が適用される余地はなく、申立人の処分を含めて本件大麻所持事件に関することについて部長Aに一任されたことをもって手続上の瑕疵はないと主張する。
     確かに公益法人である相手方協会に対して行政手続法等が直接的に適用される余地はないが、その規定の趣旨が法の一般原則・条理の表現でもある場合には、それが本件処分のような決定に対しても適用されることを妨げるものではない。いかなる手続上の要請が本件処分決定手続に必要とされるかは、その要請が決定手続において何を保障するためのものであるかを具体的に検討することによって明らかになる。
  • (6) 本来、相手方協会のような団体が、そこに登録する構成員に対して、一種の制裁として、監督不行届き等を理由として除籍等の重大な不利益処分を行う場合には、個々の処分対象者について、具体的にどのような点で監督が不行届きであったかを認定して行うべきである。その場合、監督不行届きの有無を調査するために、本人からの事情聴取を行うなど何らかの弁明の機会を与えることは不可欠の手続であると解すべきであり、このことは、仮に申立人の上司に当たる部長Aに本件大麻所持事件に関することの一任がなされていたとしても同様である。また、相手方の協会運営上の裁量権の行使として、形式的にコーチであることのみから該当者の処分が許されるとしても、実質的に指導していた者と、実質的には指導に関与する余地がないのに形式的に部のコーチと位置づけられている者に対して、全く同一の処分を行うことは、比例原則違反の誹りを免れないというべきである。このような処分の軽重は、処分対象者の責任、すなわち本件の場合には監督不行届きの有無・程度を認定した上で判断されるべきであって、それは処分対象者についての聴取等の手続を通じてはじめて可能になるのである。
     また本件処分は、2003年3月22日の学連の処分を受けて、翌日、相手方理事会で決定されたものであり、学連の処分決定を踏襲したものと認められるが、そもそも学連の処分は、学連の会員である大学の運動部に対するものであり、たとえその中に選手やコーチの処分への言及があっても、抽象的な存在である運動部を処分することの具体的な意味を明らかにしたにとどまるものというべく、コーチ個人に対する処分は相手方協会の本件処分をまってはじめて実現されたとみるのが相当である。その意味では、相手方理事会が、学連の原案を単に採択して本件処分を行ったものと解することはできず、相手方協会がこのような認識に立って処分を行ったとすれば、異なるものに対して同一と誤解して処分決定を行ったものであり、不合理だという誹りを免れない。
     したがって、本件処分は、本来、申立人についての聴取等の手続を経て行うべきものであるところ、申立人に告知もされることなく不意打ちで処分が決定されており、処分決定手続に明らかに重大な違法があるといわざるをえず、取り消されるべきである。本件のような不利益処分を行う場合の処分対象者についての聴取の必要性は、行政手続法等が国内スポーツ連盟に適用されないということとは関わりなく法秩序の要求するところであるといわなければならない。( 加えて、相手方協会が本件処分を決定する際、前日に決定された処分対象が異なる学連の処分を踏襲したとみられることについては、その判断過程に著しく合理性を欠く過誤があったのではないかと疑われるところであり、さらに、監督・コーチの関与の程度にかかわらず同一の処分が行われている点で比例原則違反の疑いも存する。)
  • (7) なお、本件処分の根拠規定については、処分時には明確にされておらず、仲裁審問時に、相手方の専務理事Cから本件処分の根拠となる規定を説明されてはじめて申立人が知ったところである。本件のような処分を行う場合に、最低限、処分の根拠となる規定を示すことは不可欠と解すべきであり、この点が独立して取消事由に該当するかどうかはともかくとして、根拠規定が明確に示されずになされた本件処分はきわめて不適切といわなければならない。
     また、本件処分決定書謄本の送達については、決定書謄本の直接的な送達が相手方協会から申立人に対して行われず、2003年3月31日に部長Aから申立人に対して処分の伝達(処分決定通知書の交付)があったことは明らかである。このような措置がとられたのは部長Aの依頼に基づくものであったとしても、決定書謄本の送達は処分対象者に直接行われるべきであって、部長Aを通じてなされたことははなはだ不適切といわなければならない。部の運営上相手方協会の選手及びコーチに関する処分の有無を知る必要があるとしても、それは決定書謄本送付以外の別の方法によることが可能であり、決定書謄本を運動部の部長ないし監督を通じて申立人に送達する正当な理由とはならない。
  • (8) 最後に、相手方は、本件処分によっても申立人は日体大ウエイト部のコーチを実際上行うことができ(事実上、後任の女子部コーチは相手方協会に未登録である。)、同部が対外活動を停止されている期間はそれに帯同するコーチも対外活動を実施できないわけであるから、実害はないと主張する。しかし、申立人が他のチームのコーチとして対外試合に出場する可能性も皆無とはいえず、この点について学連の処分では必ずしも明確でなく、本件処分によって上記出場が全く不可能となったことは相手方も認めるところである。したがって、本件処分により惹起される申立人の不利益は少なくとも観念的には想定することができる。
  • (9) 以上のことから主文(1)の通り判断するとともに、本件の事案全体を勘案し費用の負担について主文(2)の通り判断する。
2003年8月4日
  仲裁人: 小幡純子
萩原金美
小寺  彰
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。