仲裁判断

 

仲裁判断(2015年6月10日公開)
仲裁判断の骨子(2015年5月25日公開)


仲裁判断

仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2015-002

申立人         X

申立人代理人  弁護士 瓜生 健太郎

        弁護士 早川 吉尚

        弁護士 宍戸 一樹

        弁護士 千賀 福太郎

        弁護士 塚本 聡


被申立人    公益社団法人日本ホッケー協会

被申立人代理人 弁護士 續 孝史


主   文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

1 申立人の請求を棄却する。

2 申立料金54,000円は、27,000円を申立人、27,000円を被申立人の負担とする。


理  由

 

第1 当事者の求めた仲裁判断

 

1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1)2015年5月15日に被申立人が行った、申立人を女子ホッケー日本代表チームの監督から解任するとの決定を取り消す。

(2)申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。


2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1) 申立人の請求を棄却する。

(2) 申立料金は申立人の負担とする。

 

第2 仲裁手続の経過

 

 別紙に記載のとおり。

 

第3 事案の概要

 

1 当事者


(1)申立人


 申立人は、コカ・コーラウエスト株式会社(以下「コカ・コーラウエスト社」という。)の女子ホッケーチームの監督を務めていたが、被申立人からの委嘱を受け、同社の女子ホッケーチームの監督を兼ねたまま、2012年10月22日に被申立人の女子ホッケー日本代表チームの監督(以下「女子代表監督」という。)に就任した。


(2)被申立人


 被申立人は、我が国におけるホッケー界を統括し、代表する団体である。従来、社団法人であった被申立人は、公益認定を受け、2013年4月1日付で公益社団法人として登記されている。


2 本件紛争の概要


 本件は、被申立人が2015年5月15日に行った、申立人を女子代表監督から解任すること(以下「本件解任」という。)を内容とする理事会の決定(以下「本件解任決定」という。)の取消しを求めた事案である。なお、被申立人は、2014年10月5日の業務執行理事会において、本件の理事会での決定と同旨の決定を行ったが、2015年5月7日、申立人及び被申立人を当事者とする日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断(JSAA-AP-2014-008、以下「前回仲裁判断」という。)は、本件解任について権限を有するのは理事会であって業務執行理事会ではないことを理由に当該業務執行理事会の決定を取り消している。

 

第4 判断の前提となる事実

 

 本件仲裁において当事者双方より提出された証拠及び本件仲裁の全趣旨に基づき、本件スポーツ仲裁パネルが認定する事実関係は以下のとおりである。なお、特に証拠を引用していない事実については、本件仲裁の全趣旨のほか、前回仲裁判断(甲2号証として証拠提出されている。)において認定された事実(前回仲裁判断「第4 判断の前提となる事実」参照。なお、当該事実については、当事者間に争いはない。)に基づき認定するものである。

 

1 被申立人は、コカ・コーラウエスト社との間で、2012年10月19日付で覚書(以下「本件覚書」という。)を締結するとともに、同日、申立人に女子代表監督を委嘱した。

 本件覚書の柱書には、「社団法人日本ホッケー協会(以下、甲という。)とコカ・コーラウエスト株式会社(以下、乙という。)は、乙の契約社員であるX(以下、本人という。)が、女子ホッケー日本代表監督(以下、監督という。)に委嘱されることにともない、次のとおり覚書を締結する。」と記載されている(乙5)。

2 本件覚書には、以下の条項がある(乙5)。

(1)第1条(目的)

「甲は、女子ホッケー日本代表チームが、2016年リオデジャネイロ五輪(以下、当該五輪という。)の出場権を獲得することを目的として、乙に帰属している本人に監督を委嘱し、乙はこれに合意する。」

(2)第2条(業務の内容)

「本人は、女子ホッケー日本代表チームを強化し、当該五輪の出場権を獲得することについて義務とその責任を負い、そのための必要な施策および措置を甲との協議のもとに行うことを業務とする。」

(3)第6条(有効期間)

「本覚書の有効期間は、2012年10月22日から2016年当該五輪終了時までとする。」

(4)第7条第1項(契約の解除)

「2014年開催予定の第17回アジア競技大会「2014・インチョン」において、女子ホッケー日本代表チームの戦績および戦略等において、第1 条の目的達成に不具合が生じる可能性が発生した場合、甲は本人の監督委嘱を解くとともに本覚書を解除することができる。

2.本人の都合により監督辞任の申し出があり、甲・乙共に承諾した場合は、本覚書は解除する。

3.乙と本人との雇用関係が消滅した場合には、本覚書は解除する。」

3 2012年10月10日に被申立人がその理事・監事・特任理事宛に発出した「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面には、申立人を含む被申立人の男女ホッケー日本代表チームの監督及びヘッドコーチの委嘱期間について、「オリンピック出場を目指し2016年リオデジャネイロ大会までとするが、2014年の第17回アジア大会(インチョン)の成績次第によっては再協議を条件としている。」との記載されている(甲5)。

4 女子ホッケー日本代表チームは2013年において、以下の戦績を収めた(甲1)。

(1)2013年2月開催の第1回ワールドリーグRound2 2位

(2)同年6月開催の第1回ワールドリーグセミファイナル 5位

(3)同年9月開催の第8回女子アジアカップ(ワールドカップ予選) 優勝

(4)同年10月の第6回東アジア競技大会 優勝

(5)同年11月の第3回女子アジアチャンピオンズトロフィー 優勝

5 2014年5月31日に開幕した第13回女子ワールドカップにおいて、女子ホッケー日本代表チームは出場12か国中10位であった(甲1、乙6)。

6 2014年8月にオーストラリアチーム招聘事業として日本で同チームと女子ホッケー日本代表チームとの交流戦が行われたが、その実施にあたり予算等において被申立人と申立人との間で見解の相違があった。また同年7月から8月に予定されていた女子ホッケー日本代表チームの中国遠征は被申立人の判断で取りやめとなった。さらに申立人が同年8月に希望していた仁川遠征は実現しなかった。

7 2014年9月2日から4日にかけて、申立人の発案の下に、第17回アジア競技大会に先立っての仁川遠征が実施された。

8 2014年9月3日、被申立人のA常務理事から宛先である被申立人の理事・女子強化委員会副委員長・一貫指導推進部女子委員長のBに以下の内容の電子メール(以下「本件メール」という。)が送られたが、本件メールのCCに申立人が含まれていたため、申立人も本件メールを受信した。

「B先生、

Xから返事ありましたか?海外に出れば、男子は毎日、報告をしてきていますが、女子は何もありません。

あいつは、我々をなめているんですかね。アジア大会終わったら、勝ったとしても、やめさせましょうか?くそなまいきな、ぼうず、のさばりくさっているなら、うっとしいだけですよ。」(甲3の2)

9 2014年9月3日、申立人は本件メールへの返信として、A常務理事に対し、前記仁川遠征の報告を行うとともに、「Xをやめさせるのも結構です。私は恐れていません。幹部らの意見に従います。」と記載したが、これは申立人が「言われるがまま解任に応じることを了承する趣旨で述べたものではない」ことについては当事者間に争いがない。

10 2014年9月20日に開幕した第17回アジア競技大会において、女子ホッケー日本代表チームは同年9月29日の準決勝で中国に敗れ、同年10月1日の3位決定戦でインドに敗れて、出場8か国中4位であった(甲17、乙7)。

11 2014年10月5日、被申立人の業務執行理事会が開催され、女子代表監督についての審議がなされ、被申立人がコカ・コーラウエスト社と交わしていた本件覚書の合意解除をコカ・コーラウエスト社に申し入れるとともに、申立人への女子代表監督の委嘱を解くことについて、出席した業務執行理事全員一致で決議された。

同業務執行理事会の議事録における該当部分は以下のとおりである。

「女子日本代表監督について、下記の二つの理由により、コカ・コーラウエスト株式会社と交わしている派遣契約の合意解除を申し出ることについて全員一致で決議された。

     理由: (1)覚書第7条1項

         (2)選手へのパワーハラスメント(A常務理事の報告書)

この決定を受けて、10月6日にC専務理事がコカ・コーラウエスト社に直接通告に行くことが確認された。

 同時にできる限り速やかに、次期監督の選考を開始することが決議された。」

12 2014年10月6日、A常務理事から申立人に以下の内容の電子メールが送信された(甲4の2)。

「大変残念なお知らせですが、先週末のJHA会議により、ワールドカップ、並びにアジア大会の成績等を鑑み、貴方の女子日本代表監督の職を解任する事が決定しましたので、ここにご通知申し上げます。

従いまして、明日より予定の強化会議へのご出席は不要となりますので、先んじてご連絡申し上げます。

公益社団法人 日本ホッケー協会 強化本部よりの正式な通知書は別途、郵送にて、送付申し上げます。」

13 なお前記電子メールで言及されている被申立人から申立人への正式な通知書は、結局、送付されることはなかった。

14 2014年10月6日、C専務理事(当時)は、コカ・コーラウエスト社の女子ホッケーチームのゼネラルマネージャーのDを訪問し、本件覚書を解除する旨の2014年10月6日付通知書(なおこの通知書は証拠として提出されていない。)を渡したところ、Dは、2014年10月7日、同通知書を受理し、本件覚書を解除することについて被申立人の求めを受け入れた。

15 申立人は、2014年12月末をもって、コカ・コーラウエスト社を退職した。

16 2015年5月7日、前回仲裁判断において、「被申立人が2014年10月5日に決定し、同月6日に電子メールで申立人に通知した申立人に対する女子ホッケー日本代表監督の委嘱を解く旨の決定(以下「本件解任決定」という。)(ママ)を取り消す。」との判断が下された。

17 被申立人は、前回仲裁判断を受けて、2015年5月15日に開催される被申立人の平成27年度第1回定時理事会において、申立人の女子代表監督からの解任議案を上程して審議することにして、前回仲裁判断が下された2015年5月7日、被申立人の常務理事のE(役職は行為当時。以下、同じ。)から、申立人に対して、以下の内容の文書を電子メールに添付して送付し、2015年5月12日(火)の13時から開催される被申立人の業務執行理事会への出席の案内を行った(以下「本件案内通知」という。)(乙2、3)。

「標記の件につきまして、下記のとおり公益社団法人日本ホッケー協会業務執行理事会を開催いたします。

 つきましては、平成27年5月7日に裁定されたスポーツ仲裁パネルの判断に従い、貴殿とJHAとの間の準委任契約を存続するか否かを理事会において審議決定したいと考えます。理事会の議案として上程するに当たり、貴殿の言い分を聴取致したく、急なお願いではありますが、ご出席いただきますよう、ご案内申し上げます。」

18 E常務理事は、本件案内通知を送付したほか、申立人に本件案内通知の内容を伝えるため、電話及び電子メール等で申立人への連絡を試みたが、申立人と連絡を取ることはできなかった。

19 申立人は、2015年5月11日、本件案内通知に対する回答として、E常務理事に対して以下の内容の電子メールを送信した(乙4)。

「E様

 いつもお世話になっております。

 連絡が遅くなりまして大変失礼致しました。

 私はいま韓国にいるため、標記の件につきまして、明日(5月12日(火)の(公社)日本ホッケー協会業務執行理事会に出席することができない状況です。)

 大変申し訳ございませんが、ご了承お願い申し上げます。」

20 申立人は、2015年5月14日、被申立人宛に、以下の内容を含む文書をファクシミリにて送信し、同日、被申立人に到達した(甲6、7)。

「仲裁判断においても厳しく批判された現在の協会のガバナンス体制の欠如は、協会内部における複数のグループの対立、すなわち、一方が他方を排除し、その他方はその一方に協力しないといった現在の協会の混乱状況に起因しています。」

「協会内部におけるガバナンス体制がしっかりと修復される、すなわち、複数のグループの対立という状況を打破し、協調のための体制を再構築していただけるのでありましたら、私が代表監督の職を自ら辞することによりこの混乱を解消することも念頭に置いております。」

「15日の理事会におきまして、関係者全員が一丸となって協会の運営にのぞめる体制を再構築するための方策が打ち出されることを、強く期待しております。」

21 被申立人は、2015年5月15日、平成27年度第1回定時理事会を開催し、以下の理由で被申立人と申立人の間の女子代表監督に係る準委任契約を解除し、申立人を女子代表監督から解任する旨の提案がなされ、賛成13名、反対1名で承認可決された(乙10)。

 ①平成26年度開催されたワールドカップ、並びに仁川アジア大会における成績不振

 ②選手に対するパワーハラスメント

 なお、当該理事会において、出席理事からは、申立人の選手へのパワーハラスメントが継続していること、及び前回仲裁判断においては、被申立人による申立人の女子代表監督の解任理由については正当である旨判断されたこと等の発言がなされた(甲27)。

22 被申立人は、2015年5月18日、申立人宛に、「女子日本代表の監督の解除通知」と題する書面を発送した(乙12、13)。


第5 当事者の主張の要旨及び争点


1 被申立人がコカ・コーラウエスト社との間で本件覚書を締結するとともに、申立人に女子代表監督を委嘱したことによって、被申立人と申立人との間で、「女子ホッケー日本代表チームを強化し、2016年リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得することについて義務とその責任を負い、そのために必要な施策および措置を被申立人との協議のもとに行うことを業務とする」内容の準委任契約(民法第656条)(以下「本件準委任契約」という。)が締結されたことは当事者間に争いがない。

2 申立人は、2015年5月15日に開催された被申立人の理事会における本件解任決定について、(1)本件解任には、①申立人と被申立人の間における準委任契約の解除という性質と、②競技団体における役職たる監督の地位の剥奪処分という2つの法的性質があるところ、(2)上記①の準委任契約の解除という点において、ア.本件準委任契約の解除には申立人との協議が必要であるにもかかわらず、協議が行われず、また、十分な弁明の機会が与えられていない、イ.本件準委任契約の解除事由が本件覚書第7条所定の場合に制限されるところ、本件においては当該解除事由が存在しない、と主張し、(3)上記②の競技団体の処分という点において、ア.本件解任が不利益処分たる性質を有することから、本件解任にあたっては、行政手続法第13条第1項第1号ロに準ずる聴聞が必要であるところ、本件ではこれが行われていない、イ.本件解任がパワーハラスメントを理由としていることから、「公益社団法人日本ホッケー協会処罰規程」(甲8、以下「処罰規程」という。)及び「公益社団法人日本ホッケー協会倫理規程」(甲9、以下「倫理規程」という。)に従った弁明の機会の付与等の手続を履践すべきところ、これを履践していない、等の点で、決定手続に瑕疵があり、また、ウ.本件解任が不利益処分たる性質を有することから、その決定の内容が著しく合理性を欠くものであってはならないところ、本件解任のための理事会において、前回仲裁判断に関する誤った解釈を前提に審理がなされていること、本件解任の理由である成績不振及びパワーハラスメントが存在しないことから、本件解任は著しく合理性を欠く、と主張して本件解任決定の取消しを求めた。他方、被申立人は申立人の主張を争い、本件解任決定は有効であると主張した。


第6 本件スポーツ仲裁パネルの判断


1 本件解任決定の有効性に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断基準


 本件は、本件解任決定、すなわち、国内競技団体である被申立人が理事会で行った申立人に対する女子代表監督の委嘱を解く旨の決定の取消しが求められている事案である。

 競技団体が行った決定の取消しが求められた事案について、日本スポーツ仲裁機構における過去の仲裁判断では、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである」との判断基準が示されている(JSAA-AP-2003-001(ウェイトリフティング)、JSAA-AP-2003-003(身体障害者水泳)、JSAA-AP-2004-001(馬術)、JSAA-AP-2009-001(軟式野球)、JSAA-AP-2009-002(綱引)、JSAA-AP-2011-001(馬術)、JSAA-AP-2011-002(アーチェリー)、JSAA-AP-2011-003(ボート)、JSAA-AP-2013-003(水球)、JSAA-AP-2013-023(スキー)、JSAA-AP-2013-023(卓球)、JSAA-AP-2013-024(自転車)、JSAA-AP-2014-003(テコンドー)、JSAA-AP-2014-007(自転車)、JSAA-AP-2014-008(ホッケー))。

 本件スポーツ仲裁パネルも、競技団体が競技者等に対して行った決定の取消しが求められている場合の判断基準としては、基本的にこの基準が妥当であると考える。

 そして、仮に、本件解任決定を基礎付ける本件準委任契約の解除が私法上の効力として認められる場合であったとしても、それが、競技団体が行う決定として行われたものである場合には、上記判断基準に基づき、決定手続に瑕疵があったり、決定内容が著しく合理性を欠いたりする場合には、本件スポーツ仲裁パネルは、本件準委任契約の解除を内容とする本件解任決定を取り消すことができる。


2 準委任契約の解除に関する申立人の主張について


(1)準委任契約の解除に関する申立人の主張


 申立人は、①本件準委任契約の解除には申立人との協議が必要であるにもかかわらず、協議が行われず、また、十分な弁明の機会が与えられていない、②本件準委任契約の解除事由が本件覚書第7条所定の場合に制限されるところ、本件においては当該解除事由が存在しない、と主張するので、この主張の当否について判断する。


(2)申立人と被申立人との間の準委任契約


 上記第5の1のとおり、2012年10月19日、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間で、当時、コカ・コーラウエスト社の契約社員であった申立人に女子代表監督を委嘱することに関する本件覚書が締結され、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間に申立人の派遣に関する契約が成立するとともに、申立人と被申立人との間に、申立人に女子代表監督を委嘱することを内容とする本件準委任契約が締結されたことについては当事者間に争いがない。なお、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の契約に関する本件覚書は存在するものの、本件準委任契約それ自体についての契約書、覚書等の書面は存在しない。


(3)協議の必要性に関する主張内容


 申立人は、本件準委任契約の解除にあたっては、申立人と被申立人との間で協議を行う必要があると主張する。そのような協議が必要である理由として申立人が挙げるのは、①本件準委任契約の解除は、2014年開催予定の第17回アジア競技大会において、女子ホッケー日本代表チームの戦績および戦略等において、リオデジャネイロ五輪の出場権獲得という「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した場合」(本件覚書第7条第1項)であることを理由とするところ、「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した」かどうかについては総合的な判断が必要であり、当該条件が満たされたか否かの評価の際には申立人からも事情を聴かなければ公平な判断はできないこと、及び、②2012年10月10日付で被申立人の会長が被申立人の理事・監事・特任理事に宛てて出した「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面(甲5)において、「男女監督・ヘッドコーチの委嘱期間」について「オリンピック出場を目指し2016年リオデジャネイロ大会までとするが、2014年の第17回アジア大会(インチョン)の成績次第によっては再協議を条件としている」との記載があるところ、この「再協議」は女子の監督については申立人との協議を指していると解すべきこと、である。これに対して被申立人は、上記①の点に関連して、2014年10月6日にコカ・コーラウエスト社との間で本件覚書を解除する旨の合意が調ったこと、及び、申立人は2014年12月末にコカ・コーラウエスト社を退職していることから(本件覚書第7条第3項には、「乙(注:コカ・コーラウエスト社のこと)と本人(注:申立人のこと)との雇用関係が消滅した場合には、本覚書は解除する」と規定されている)、少なくとも2015年5月15日に申立人を解任する旨の理事会決議がなされた時点では、既に本件覚書は存在しておらず、したがって、本件準委任契約の解除が本件覚書第7条によって制限されることはない、と主張し、また、上記②の点に関連して、「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面に記載された「再協議」とは、被申立人内部で改めて協議することを指すのであって、申立人との協議を指すものではない、と主張している。


(4)本件覚書の解除に関する規定と本件準委任契約


 申立人を解任するに際して被申立人との協議が必要であるかどうかを判断するにあたっては、まず、本件準委任契約が解除できる場合が本件覚書第7条に記載された場合に限定されるかどうかが重要である。もしこれに限定されないのであれば、「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した」かどうかという、申立人の主張によれば申立人との協議が必要となる解除原因によらずとも、被申立人は本件準委任契約を解除できることになるからである。

 一般に、準委任契約は、各当事者がいつでもその解除をすることができる(民法第656条、第651条1項)。ただし、この民法の規定は任意規定であるので、当事者間に契約を解除できる場合を限定する特段の合意が存在する場合には、原則として、かかる合意の内容に従って解除できる場合が制限されると解されている。そして、申立人は、申立人と被申立人との間には、本件準委任契約が解除できる場合が本件覚書第7条に記載された場合に限定されるとの合意が存在したと主張する。

ア.本件準委任契約の内容

 申立人が本件準委任契約の解除事由が制限される根拠とする本件覚書は、申立人と被申立人との間で締結されたものではなく、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間で締結されたものである。しかし、本件覚書に記載された被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の申立人の派遣に係る契約と、申立人と被申立人との間の本件準委任契約は、ともに、申立人の女子代表監督への就任に関するものであり、ほぼ同時に締結されたものであって、極めて密接に関係するものである。また、本件覚書の内容それ自体をみても、申立人を主語とし、申立人の権利義務に関して規定する条項も多い。こうした状況を考えるならば、申立人と被申立人との間に、本件覚書に規定する内容のうち申立人に関係する部分については、それが本件準委任契約の内容となるとの黙示的な合意が存在したと考えるべきであり、この点については当事者間に争いはない。

イ.本件覚書の失効に伴う本件準委任契約の内容変更の有無

 そのうえで、被申立人が主張するように、2014年12月末に申立人とコカ・コーラウエスト社との間の雇用関係が消滅した以降においては、本件覚書第7条第3項に従い、既に本件覚書は存在しておらず、したがって、本件準委任契約の解除が本件覚書第7条によって制限されることはないといえるかどうかについて検討する。前記のように被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の契約が密接に関連するものであり、本件準委任契約の内容と同内容のものであるとしても、申立人と被申立人との間で一旦有効に成立した本件準委任契約の内容が、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の本件覚書が解除されたことによって当然に変更されると解するのは適当ではない。なぜならば、被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の申立人の派遣に係る契約が解除されたからといって、当然に本件準委任契約が消滅するものではないし(実際、本件においても、2014年10月6日に被申立人とコカ・コーラウエスト社との間の申立人の派遣に係る契約が解除された後も、本件準委任契約は存続している)、契約当事者間に契約の変更に関する合意が存在しないにも関わらず、契約の一方当事者と第三者との間で生じた事情によって当然に契約内容が変更されるということは、当事者間にその旨を定める特段の合意でもない限り、当事者の合意を基礎とする契約法の原則に照らしても適当ではないからである。そして、本件においては、本件覚書が解除された場合には、本件準委任契約の内容が当然に変更されるといった合意が申立人と被申立人との間に存在していたことを示す証拠はない。したがって、申立人とコカ・コーラウエスト社との間の雇用関係が消滅した以降においては、本件準委任契約の解除が本件覚書第7条によって制限されることはないとの被申立人の主張には理由がない。

ウ.本件準委任契約第7条の解釈

 次に、本件覚書第7条の規定のうち申立人に関する部分が本件準委任契約の内容となっているとしても(なお、申立人とコカ・コーラウエスト社との間の雇用関係が消滅した場合には、本件覚書は解除する旨を規定する第7条第3項は、被申立人とコカ・コーラウエスト社との関係について規定したものであって、申立人の権利義務や申立人と被申立人との契約関係について規定したものではないので、本件準委任契約の内容とはなっていないと解すべきである)、本件覚書第7条の規定は本件準委任契約の解除ができる場合を限定的に列挙したものであって、これ以外の場合に本件準委任契約の解除が許されないのか、あるいは、本件覚書第7条は本件準委任契約が解除される典型的な場合を例示的に規定したにすぎないのかが問題となる。この点について、申立人は、本件覚書第7条は本件準委任契約が解除できる場合を限定的に列挙したものであると主張するが、①本件覚書第7条には本件準委任契約が解除できるのは同条に規定した場合に限るとの文言は見当たらないこと、及び、②2016年のリオデジャネイロ五輪を目標として2012年10月に締結された本件覚書について、2014年開催のアジア競技大会のタイミングでの目的達成の不具合発生(第7条第1項)や申立人の辞任(第7条第2項)以外には、たとえば、2013年や2015年時点で代表チームの極度の成績不振等の事情があっても代表監督を解任できないというのが当事者の合理的な意思であるとは考えにくいこと、からすると、本件覚書第7条は本件準委任契約が解除される典型的な場合を例示的に規定したにすぎないと解するべきであって、本件覚書第7条の場合以外に本件準委任契約を解除することが許されないとの合意が申立人と被申立人との間に存在していたと認めることはできない。


(5)「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面における「再協議」に関する記載


 また、申立人は、被申立人の「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面における「男女監督・ヘッドコーチの委嘱期間」に関する「…再協議を条件としている」という記載を根拠として、申立人と被申立人との間に、本件準委任契約の解除には申立人と被申立人との間の協議を必要とするとの合意が存在したことが確認されていると主張するが、この書面は被申立人内部における理事会の開催に関する文書にすぎず、また、誰との間でどのような再協議を行うかも明確ではない(なお、この点について、被申立人は被申立人内部の協議を意味すると主張している)。また、「委嘱期間」と「契約解除」が当然に同じ問題であるともいえない(委嘱期間を変更することについては契約相手方との協議が必要であるからといって、当然に、契約で定められた委嘱期間中に契約を解除する際にも契約相手方との協議が必要であるとはいえない)。以上からすると、上記書面の記載をもって、本件準委任契約の解除には申立人と被申立人との間の協議が必要であるとの合意が存在していたと認めることはできない。


(6)本件準委任契約の解除に際しての協議の必要性


 以上のように、被申立人は、2016年リオデジャネイロ五輪への出場権獲得という「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した」場合以外であっても本件準委任契約を解除することができること、また、申立人が、本件準委任契約の解除には被申立人の協議が必要であることを示していると主張する文書は、そのような協議の必要性を根拠づけるものとは思われないことからすると、本件準委任契約の解除には申立人と被申立人との間の協議が必要であるとの申立人の主張には理由がないというべきである。


(7)本件準委任契約の解除原因の限定


 また、申立人は、①本件覚書第7条の規定は「自由な解除を制限する解除特約」であり、この特約によれば、2016年リオデジャネイロ五輪の出場権獲得という目的の達成に不具合が生じる可能性が発生した場合でなければ、被申立人は本件準委任契約を解除できない、②そして、実際に、2016年リオデジャネイロ五輪の出場権獲得という目的の達成に不具合が生じる可能性は発生していない、と主張し、被申立人が本件準委任契約を解除することは許されないと主張する。

 しかし、上記(4)で検討したように、本件覚書第7条の規定のうち、申立人に関する部分は申立人と被申立人との間の準委任契約の内容になっているとしても、本件覚書第7条の規定は申立人と被申立人との間の準委任契約が解除できる場合を限定したものではなく、本件準委任契約が解除される典型的な場合を規定したにすぎないと解すべきである。


(8)本件準委任契約の解除の有効性


 以上からすると、本件覚書第7条の場合以外に本件準委任契約を解除することが許されないとの合意が申立人と被申立人との間に存在していたと認めることはできないのであるから、本件覚書第7条に規定された事情がない場合であっても、民法の規定に従い、各当事者は準委任契約である本件準委任契約をいつでも解除でき、また、申立人と被申立人との間で協議を経ることなく、被申立人は自らの意思により、本件準委任契約を有効に解除することができた、というべきである。

 そして、被申立人は2015年5月15日の理事会において、被申立人を解任する旨の本件解任決定を行い、本件準委任契約を解除する旨の被申立人の2015年5月18日付の通知(乙12)が申立人に到達している。したがって、本件準委任契約は有効に解除されたというべきである。


3 競技団体による決定における手続の瑕疵


(1)不利益処分であるが故の聴聞に準じた手続の必要性


 申立人は、日本スポーツ仲裁機構の過去の仲裁判断(JSAA-AP-2003-001)において、「公益法人である相手方協会に対して行政手続法等が直接的に適用される余地はないが、その規定の趣旨が法の一般原則・条理の表現でもある場合には、それが本件処分のような決定に対しても適用されることを妨げるものではない。いかなる手続上の要請が本件処分決定手続に必要とされるかは、その要請が決定手続において何を保障するためのものであるかを具体的に検討することによって明らかになる」と述べられていることを指摘したうえで、本件解任決定は申立人を女子代表監督から解任することを内容とする決定であるから、申立人から競技団体における役職たる監督の地位を剥奪する不利益処分という性質を有すると主張し、不利益処分を課すためには行政手続法上の聴聞に準ずる手続が必要であるにもかかわらず、本件解任決定に至る手続においては聴聞に準ずる手続が行われていないため、本件解任決定に至る手続には瑕疵があると主張する。

 しかし、本件解任決定は、申立人との間の本件準委任契約の解除を内容とするものであり、申立人に対する競技団体による不利益処分と理解することは相当ではない。すなわち、行政手続法上の聴聞に準ずる手続が要請される不利益処分とは、処分権限を有する競技団体による構成員に対する処分権限の行使の場面が想定されているものである。競技団体による構成員に対する処分が、上位者による権限行使という構造において行政機関による処分と類似するため、行政手続法上の聴聞に準ずる手続が必要と理解されるべきものである。

 これに対して、本件準委任契約は、申立人に女子代表監督の業務を委任することを内容とするものであり、委任者である被申立人と受任者である申立人は対等な契約当事者と理解されるべきであって、本件準委任契約の解除は、上位者である競技団体が制度上有している処分権限の行使とはそもそも場面が異なるというべきである。

 もちろん、本件準委任契約の解除により、申立人は監督としての地位を失うものであるから、その意味で申立人に何らかの不利益が生じることまで否定するものではない。しかし、監督という契約上の地位を失うことは、契約関係の終了によって生じる反射的効果にすぎず、それ自体を独立した不利益として捉え、契約解除が契約の相手方当事者による不利益処分であると捉えることは相当ではない。被申立人による本件準委任契約の解除は、被申立人がもともと定めている競技団体としての処分権限を行使したものではないから、解除の有効性については、あくまで契約上の権限の行使として正当か否かを検討すれば足りると考えるべきである。


(2)処罰規程及び倫理規程に基づく弁明の機会の付与について


 申立人は、本件解任がパワーハラスメントを理由としていることから、処罰規程及び倫理規程に従った弁明の機会の付与等の手続を履践すべきところ、これを履践しておらず、手続に瑕疵があると主張する。倫理規程第4条第1項においては、「協会員は、暴力、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント及びドーピング等薬物乱用等の行為を行ってはならない。」との定めがあり、処罰規程第2条においては、「倫理規定(ママ)に違反する行為を行った恐れがあると認められる場合、倫理委員会は、事実関係を調査のうえ対象者に弁明の機会を確保した後、処罰内容を決定する。」との定めがあるため、被申立人が申立人にパワーハラスメントがあったことを理由に処罰する場合には、弁明の機会を確保することが手続上必要であると解される。

 しかし、本件解任決定は倫理規程違反に基づき申立人に不利益処分を課すものではなく、被申立人が申立人との本件準委任契約を解除するというものなのであるから、被申立人が本件準委任契約の解除にあたり、被申立人の定める処罰規程及び倫理規程に基づく手続によらなかったとしても、処罰規程及び倫理規程違反による不利益処分を課すものではない以上、そのことをもって本件解任決定に至る手続に瑕疵があるとして、被申立人の決定を取り消すことはできない。


(3)十分な弁明の機会の付与


 なお、申立人は、前回仲裁判断からわずか一週間後に、申立人から事情を聴取することなく本件解任決定が行われたことをもって、被申立人による本件解任決定は前回仲裁判断において指摘された公益社団法人としての適正なガバナンスを実現したものとはいえないとも指摘する。

 しかし、本件解任決定が行われた当時、女子ホッケー日本代表チームは2015年6月20日に開始されるワールドリーグセミファイナルを目前に控えた状況にあり、早急に監督を確定させなければならない切迫した状況にあったこと、また、従来から同年5月15日には被申立人の定時理事会が予定されていたため、同日の定例理事会に申立人との本件準委任契約の解除が付議されたものにすぎず(あえて本件解任決定のために臨時で理事会を開催したわけではない)、ことさら急いで本件解任決定を行おうと意図していたものとまでは認められないことからすると、前回仲裁判断から一週間後に本件解任決定が行われたこと自体が著しく不適切であり、決定手続に瑕疵があったとまではいえない。また、この間、被申立人が申立人に対して十分な弁明の機会を与えることが望ましかったとしても、本来、いつでも解除することができる準委任契約の解除に関する事案であったことを考えるならば、弁明の機会がなかったことをもって、本件解任決定に至る手続に取り消す必要があるほどの瑕疵があるとまではいえない。


(4)協議の必要性


 申立人は、上記2(3)で述べたように、被申立人が本件準委任契約を解除するためには申立人との協議が必要であると主張し、こうした協議を経ていないことも、手続の瑕疵があったことを基礎づける事情として主張するが、被申立人が本件準委任契約を解除するに際しては申立人との協議は必須なものではなかったことは上記2(6)で述べたとおりである。


(5)小括


 以上より、本件解任決定に至る手続について、本件解任決定の取消しを必要とするような手続上の瑕疵があったということはできない。


4 競技団体の決定の内容の著しい不合理性


(1)内容の不合理性に係る当事者の主張


 申立人は、①本件解任決定が申立人に対する競技団体による不利益処分であることを前提に、不利益処分を課すために必要な合理性を欠くこと、②本件解任決定にあたり、理事会において前回仲裁判断についての誤った理解が前提とされたこと、③理事会において解任理由とされた成績不振やパワーハラスメントの事実が存在しないこと、を挙げ、本件解任決定の内容が著しく不合理であると主張する。これに対して被申立人は、前回仲裁判断については仲裁判断の写しを資料として配付しているのであるから、誤った理解を前提として本件解任決定がなされたとはいえない、また解任理由とされた成績不振やパワーハラスメントは現に事実として存在するものであるので、本件解任決定の内容は著しく不合理なものとはいえないと主張している。


(2)本件解任決定の不合理性の判断基準


申立人は、本件解任決定が競技団体による不利益処分であるので、不合理な解任は裁量権を濫用するものとして取り消されるべきであると主張する。しかし、本件解任決定を競技団体による不利益処分と解すべきでないことは上述のとおりである。

 本件解任決定が著しく合理性を欠くものであったか否かは、競技団体として代表チームの監督業務を委任する契約の解除の可否を検討するにあたり、その裁量を逸脱したか否かという観点から検討されるべきものである。この点からすると、国内競技団体は、当該競技を統括する国内唯一の団体として、代表チームの監督の選任及び解任については広い裁量を有すると考えるべきである。特に代表チームの監督の解任の判断要素として考慮されるチームの成績が不振であるか否か、代表チームが目標とする五輪出場権獲得を実現できる状態にあるか等、については、客観的かつ一義的に判断できるものではなく、評価する者によって判断の分かれるところであり、競技団体の裁量も相当広いというべきである。


(3)本件における成績不振


申立人は、日本女子代表チームの戦績は必ずしも悪いものではなく、また、2014年のアジア大会で4位となる等、必ずしも期待された戦績を挙げることができなかった点についても、被申立人から必要なサポートが得られなかったことが一因であること等を指摘して、成績不振は存在しないと主張する。しかしながら、前記のように、この点に関する競技団体の裁量は相当広いものというべきである。2014年の半ばに被申立人の執行部が交代したり、強化費不足に陥ったりしたこと等から、予定された強化が順調に実施できなかったという事情があったことを勘案したとしても、2014年のアジア大会で4位となったこと、過去3大会連続で五輪出場権を獲得した際には負けたことのなかったインドに敗戦したこと等から、2016年リオデジャネイロ五輪大会の出場権獲得という目的の実現を難しくするような成績不振の状態であると判断したとしても、それが競技団体に認められる合理的な裁量を逸脱したとまでいうことは困難である。


(4)その他の事情


 申立人は、①被申立人が申立人によるパワーハラスメントを申立人を解任する理由として挙げているが申立人がパワーハラスメントを行ったという事実は存在しないこと、及び、②理事会の審議の場において、理事に対して、前回仲裁判断は手続に瑕疵があった点のみを理由とするものであって、解任理由については前回仲裁判断も是認しているといったような説明がなされたこと、を指摘し、こうした誤った情報を提供したうえでなされた理事会の決定は内容面で著しく合理性を欠くものであると主張する。

 確かに、被申立人が作成した2015年5月15日の理事会の議事録(乙10)では、申立人の解任に関する審議の冒頭において、担当理事より、解任理由は、「①平成26年度開催されたワールドカップ、並びに仁川アジア大会における成績不振、②選手に対するパワーハラスメントの2点である」との説明がなされた旨が記載されている。しかし、本件解任決定は、パワーハラスメント自体を問題として申立人に対して制裁等の処分を行うものではなく、本来いつでも解除できる準委任契約について、成績不振をも理由として解除を決定したものである。また、上記議事録によれば、担当理事によって、パワーハラスメントを目撃したと主張する2名の選手の陳述書が読み上げられる一方で、申立人本人はパワーハラスメントを一切行っていないと証言していることにも言及されている。以上からすると、申立人によるパワーハラスメントが解任の理由の一つとして説明されたことが本件解任決定の内容を左右するほどの影響を及ぼしたものと認めることはできないことから、当該事由をもって、本件解任決定が著しく合理性を欠き、競技団体としての裁量を逸脱したとまで評価することはできない。

 さらに、前回仲裁判断について誤った説明がなされたという点についても、本件解任決定を行う際の資料として理事会において仲裁判断の写しが配布されており、出席した各理事は資料を検討すれば前回仲裁判断の内容の正確な理解は十分可能であったといえること、前回仲裁判断の理解が申立人の監督としての適性を検討する際の決定的要素となっていたとまでは解されないこと等からすると、本件解任決定を行う際に前回仲裁判断の内容について正確とはいえない説明がなされていたとしても、そのことをもって本件解任決定は著しく合理性を欠き、裁量を逸脱したと評価することはできない。


(5)小括


 以上より、本件解任決定の内容が、競技団体として代表チームの監督業務に関する準委任契約の解除の可否を検討するにあたり、その裁量を逸脱し著しく不合理なものであったとまでは認められない。


5.結論


 以上述べたように、本件準委任契約は、申立人との協議等を経ることなく被申立人がいつでも解除できるものであり、また、本件準委任契約を解除するとの被申立人の決定については、本件解任決定を取り消す必要があるほどの手続の瑕疵や、内容における著しい合理性の欠如も存在しないことから、主文のとおり判断する。

 なお、申立人の解任を巡る今回の一連の騒動が与えた影響にも鑑み付言すれば、今回の解任に関しては、前回仲裁判断が指摘したガバナンスやコンプライアンスの改善の必要性以外にも、申立人とのコミュニケーションの不味さ等、被申立人において改善すべき点があったことを指摘せざるを得ない。また、本件スポーツ仲裁パネルは被申立人が主張するパワーハラスメントの存否について十分な証拠を調査する機会はなく、この点について何ら判断するものではないが、もし仮に、被申立人が主張するようなパワーハラスメントが存在するならば、より早期に組織的な対応ができるような体制を整備し、かかる体制に基づき適切に対処しておくべきであったと思われる。更に、日本代表監督たる申立人との間の契約について、本件では簡単な覚書が申立人の所属企業との間で締結されていただけであったが、当事者たる日本代表監督との間で監督業務の内容、期間、解除事由等について具体的に記載した契約書を作成し、締結することによって、今回のような事態が再発するリスクを減らす等の対応をとるべきであろう。

 なお、以上のような被申立人における問題が存在しなければ、今回の一連の騒動が生じなかったのではないかと考えられることに鑑み、本件申立てに係る申立費用は申立人・被申立人が折半するのが適当であると考え、主文のように判断した。

 今回の騒動を機に、被申立人において、今回のような騒動の再発を防ぎ、より高度なガバナンスやコンプライアンス体制を伴う組織となるための具体的な行動がとられることを強く希望する。


以上

2015年5月25日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 森下 哲朗 

仲裁人 川添 丈  

仲裁人 千葉 恵介 


仲裁地:東京


(別紙)

仲裁手続の経過

1. 2015年5月15日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「緊急仲裁申立書」「証拠説明書」「委任状」「公益社団法人 日本ホッケー協会定款」「公益社団法人 日本ホッケー協会定款施行細則」及び書証(甲第1~5号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。

 同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。

2. 同月16日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。

3. 同月18日、機構は、森下哲朗、川添丈及び千葉恵介に「仲裁人就任のお願い」を送付した。同日、同3名は、仲裁人就任を承諾し、森下仲裁人を仲裁人長とする、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。

 同日、被申立人は、機構に対し、「委任状」及び「上申書」を提出した。

 同日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。

4. 同月19日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問開催日時、被申立人の「答弁書」の提出期限、証人尋問申請及び書証の提出に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。

5. 同月20日、被申立人は、「理事会議事録」「理事会で配布された資料」「理事会で読み上げられた選手の陳述書」を提出した。

6. 同月21日、被申立人は、機構に対し、「答弁書」「証拠説明書」及び書証(乙第1~14号証)を提出した。

 同日、申立人は、機構に対し、「証人尋問申請書」を提出した。

7. 同月22日、本件スポーツ仲裁パネルは、主張書面の提出、証人採用及び審問期日の進行に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。

 同日、申立人は、機構に対し、「主張書面(1)」「証拠説明書(2)」及び書証(甲第6~20号証の2)を提出した。

 同日、被申立人は、機構に対し、「スポーツ仲裁パネル回答書」「訂正申立書」「証人尋問申請書」「公益社団法人日本ホッケー協会 理事会規程」及び書証(乙第15号証)を提出した。

 

 同日、本件スポーツ仲裁パネルは、証人採用に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。

8. 同月23日、申立人は、機構に対し、「主張書面(3)」「証拠説明書(3)」及び書証(甲第21~26号証)を提出した。

 同日、東京において審問が開催された。

 当事者から冒頭陳述がなされた後、本件スポーツ仲裁パネルから両当事者に主張内容の確認がなされた。審問期日において、申立人から書証(甲第27号証)が提出された。その後、証人尋問、当事者尋問が実施された。

 同日、審問の終了に伴い、本件スポーツ仲裁パネルは審理を終結した。


以上

 

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 道垣内 正人



仲裁判断の骨子

仲 裁 判 断 の 骨 子
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2015-002

申立人         X

申立人代理人  弁護士 瓜生 健太郎

        弁護士 早川 吉尚

        弁護士 宍戸 一樹

        弁護士 千賀 福太郎

        弁護士 塚本 聡


被申立人    公益社団法人日本ホッケー協会

被申立人代理人 弁護士 續 孝史

主   文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

1 申立人の請求を棄却する。

2 申立料金54,000円は、27,000円を申立人、27,000円を被申立人の負担とする。


 本件は、緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人及び被申立人に送付する。

 

理由の骨子

1 事案の概要

 申立人と被申立人との間には被申立人が申立人に対してリオデジャネイロ五輪の出場権獲得を目的として女子日本代表監督を委嘱するという内容の準委任契約(以下「本件契約」という。)が存在したところ、2015年5月15日に開催された被申立人の理事会において、申立人をホッケー女子日本代表監督から解任するとの理事会決定(以下「本件決定」という。)がなされたため、申立人が本件決定の取消しを求めた事案である。なお、被申立人は、2014年10月5日の業務執行理事会において、本件決定と同旨の決定(以下「前決定」という。)を行ったが、2015年5月7日、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断(JSAA-AP-2014-008)は、申立人の解任について権限を有するのは理事会であって業務執行理事会ではないことを理由に前決定を取り消している。


2 申立人の主張

(1)本件契約の解除には申立人との協議が必要であるにもかかわらず協議が行われていない。また、本件契約の解除事由は、2014年アジア大会における女子ホッケー日本代表チームの戦績及び戦略等において、リオデジャネイロ五輪の出場権獲得という「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した場合」等に限定されるところ、本件においては当該解除事由が存在しない。

(2)日本スポーツ仲裁機構の先例によれば、競技団体の決定は、決定手続に瑕疵がある場合や、内容が著しく合理性を欠く場合等には取り消すことができるとされているが、①本件決定は申立人に対する不利益処分であり、行政事件手続法におけるのと同様、申立人に対する聴聞が必要であるのに実施されていないこと、②被申立人の定める倫理規程に従った手続を実施すべきであるのに行っていないこと、等から、決定手続に瑕疵があり、また、理事会において、解任の理由として説明された成績不振及びパワーハラスメントが存在しないこと等から、本件決定は著しく合理性を欠く。

 以上により、本件決定は取り消されるべきである。


3 被申立人の主張

(1)本件契約は民法上の準委任契約であり、各当事者はいつでも本件契約を解除することができる(民法第651条第1項)。

(2)解任手続に瑕疵はなく、また、本件決定は成績不振等の正当な理由に基づくものである。


4 本件スポーツ仲裁パネルの判断

(1)被申立人と申立人が所属していたコカ・コーラウエスト社との間の覚書(以下「本件覚書」という。)では、「契約の解除」と題する第7条があり、2014年アジア大会における戦績や戦略等においてリオデジャネイロ五輪の出場権獲得という「目的達成に不具合が生じる可能性が発生した場合」に監督の委嘱を解くことができる等と規定している。申立人は、被申立人が申立人との間の本件契約を解除できるのは、本件覚書第7条に該当する場合に限られると主張するが、本件覚書第7条は契約が解除できる場合を例示したにすぎない。一般の準委任契約と同様、本件契約も各当事者がいつでも解除できると解するべきである。また、本件契約の解除を行うに際して申立人との協議が必要であるとの合意が存在したと認めることもできない。

(2)仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができる。

(3)本件決定は、申立人との間の準委任契約の解除を内容とするものであり、申立人に対する競技団体による不利益処分であるとはいえないので聴聞手続は必須ではなく、また、本件決定はパワーハラスメントを理由とする処分を行うものではないので倫理規程に従った手続が必須のものでもない。本件契約の解除にあたっては申立人との協議が必要であるとの合意の存在も認められない。その他、本件決定の手続に、取消しを必要とするような瑕疵があるとの申立人の主張を裏付ける事情はない。

(4)国内競技団体は、当該競技を統括する国内唯一の団体として、代表チームの監督の選任及び解任について広い裁量を有すると考えるべきである。特に代表チームの監督の解任の判断要素として考慮されるチームの成績が不振であるか否か、代表チームが目標とする五輪出場権獲得を実現できる状態にあるか等、については、客観的かつ一義的に判断できるものではなく、評価する者によって判断の分かれるところであり、競技団体の裁量も相当広いというべきである。そうした基準に照らした場合、被申立人が成績不振を解任の理由としたことは合理的な裁量を逸脱したものとはいえない。また、本件決定がいつでも解除できる準委任契約の解除に関するもので成績不振も理由とされていたことや、理事会の審議の場においてパワーハラスメントは存在しないとの申立人の証言も同時に説明されていたこと等を考えると、パワーハラスメントが解任理由の一つとして説明された等の事情も、本件決定の内容を著しく不合理なものとするほどのものではない。


5 結論

 以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは、主文のとおり判断する。なお、申立人の解任を巡る今回の一連の騒動が与えた影響にも鑑み付言すれば、今回の解任に関しては、前決定に係る日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断が指摘したガバナンスやコンプライアンスの改善の必要性以外にも、申立人とのコミュニケーションの不味さ等、被申立人において改善すべき点があったことを指摘せざるを得ない。また、もし仮に、被申立人が主張するようなパワーハラスメントが存在するならば、より早期に組織的な対応ができるような体制を整備し、かかる体制に基づき適切に対処しておくべきであった。更に、日本代表監督たる申立人との間の契約について、本件では簡単な覚書が申立人の所属企業との間で締結されていただけであったが、監督業務の内容、期間、解除事由等について具体的に記載した契約書を当事者たる日本代表監督との間で作成し、締結することによって、今回のような事態が再発するリスクを減らす等の対応をとるべきであろう。

 なお、以上のような被申立人における問題が存在しなければ、今回の一連の騒動が生じなかったのではないかと考えられることに鑑み、本件申立てに係る申立費用は申立人・被申立人が折半するのが適当であると考え、主文のように判断した。

 今回の騒動を機に、被申立人において、今回のような騒動の再発を防ぎ、より高度なガバナンスやコンプライアンス体制を伴う組織となるための具体的な行動がとられることを強く希望する。

 

以上

2015年5月25日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 森下 哲朗 

仲裁人 川添 丈  

仲裁人 千葉 恵介 


仲裁地:東京


以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。