仲裁判断

 

仲裁判断(2016年7月22日公開)
仲裁判断の骨子(2016年6月24日公開)


仲裁判断

仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2016-001

申立人    X

申立人代理人 弁護士 合田 雄治郎

       弁護士 安藤 尚徳

       弁護士 多賀 啓


被申立人    公益財団法人 日本自転車競技連盟(Y)

被申立人代理人 弁護士 畑 敬

        弁護士 小池 修司


主   文


本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

1 被申立人が2016年6月3日に行った、第31回オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)(以下「リオ・オリンピック」という。)女子ロードレースの選考から申立人を除外するとの決定を取り消す。

2 申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。


 

理   由

第1 当事者の求めた仲裁判断


1 申立人

(1)被申立人が2016年6月3日に決定し、同月6日に申立人に通知したリオ・オリンピック女子ロードレースの選考から除外するとの決定を取り消す。

(2)仲裁申立料金は、被申立人の負担とする。


2 被申立人

(1)申立人の請求を棄却する。

(2)仲裁申立料金は、申立人の負担とする。


第2 事案の概要


 申立人は、被申立人に所属する自転車競技のロードレース、タイム・トライアル種目等の競技者である。

 被申立人は、日本国内において自転車競技を統括する公益財団法人である。

 本件は、被申立人が、2016年6月3日、リオ・オリンピック女子ロードレースの選考から申立人を除外するとの決定(以下「本件処分」という。)を行ったため、申立人が本件処分の取消しを求めた事案である。

 被申立人の登録者規程第7条は被申立人の事業に関して行った決定事項に対する不服申し立てについては、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「日本スポーツ仲裁機構」という。)の「スポーツ仲裁規則」に従ってなされる仲裁により、解決されるものとすると定めている。また、被申立人の強化指定選手に対する指定取消し等の不利益処分に関する手続規程第15条第1項も同様に処分対象者は、被申立人がこの規定に基づいてした処分に不服がある場合、日本スポーツ仲裁機構に対して処分の取り消しを求めて仲裁の申立を行うことができると定めている。したがって、本件については仲裁合意が存在する。


第3 判断の前提となる事実


 本件について、当事者間において争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は、以下のとおりである。


1 2015年3月20日、申立人が、被申立人に対し、強化指定選手としての義務を順守する旨の誓約書を提出した(乙1号証)。

2 2015年11月12日、被申立人が、申立人に対し、厳重注意文書を送付した(乙2号証)。

3 2015年11月15日、申立人が、誓約書と反論のメールを提出した(乙3号証)。

4 2015年11月25日、被申立人が誓約書に関する再度の意思確認についてと題する文書を送付した(乙4号証)。

5 2015年12月8日、申立人が、被申立人に対し、確認書を送付した(乙5号証)。

6 2016年1月8日から同月12日までの聞、申立人は、伊豆大島で実施された2016年伊豆大島アジア選手権大会(以下「本大会」という。)選手選考最終合宿に参加した。

7 2016年1月8日、申立人は、代理人を通して、被申立人に対し、不合理な理由により本大会の選手として選考されないという事態を危惧し公正な選考を求める申し入れを行った(甲5号証)。

8 本大会選手選考最終合宿終了直後、申立人は、被申立人の日本代表選手団のロードコーチであるA氏より、本大会のロードレース代表にB選手、C選手、D選手、E選手が選出され、申立人が選出されない旨の通知を受けた。

9 2016年1月14日、申立人は、代理人を通して、被申立人に対し、不明瞭かつ不公正な代表選考を抗議する通知書を送付した(甲6号証)。

10 2016年1月15日、被申立人は、申立人に対し、被申立人選手強化委員会及び選手強化本部会が申立人を本大会ロードレース女子エリートの部(以下「本レース」という。)における選手として選考することを決定したと通知した(甲8号証)。

11 申立人は、2016年1月19日から同月30日までの聞に伊豆大島で実施された本大会に本レース代表として出場した。

12 2016年1月23日、申立人らは、本レースに出場し、B選手が3位、申立人は4位に入賞した。

   本レース後のミーティングにおいて、A氏より、申立人に対し、申立人が被申立人の指示・方針に背いたかのような指摘を行った。

13 2016年2月24日、申立人は、被申立人に対し、代理人を通して、申立人が被申立人の指示・方針に背いた事実(以下「本件指示違反」という。)はないことを通知し、また、申立人に何らかの非があったのであれば具体的に示すよう求めた(甲9号証)。

14 2016年3月8日、被申立人は、申立人に対し、回答書を送付した(甲10号証)。

15 2016年3月14日、申立人は、被申立人に対し、回答書を送付した(甲11号証)。

16 2016年3月28日、被申立人は、申立人に対し、再回答書を送付した(甲12号証)。

17 2016年4月26日、被申立人において、不利益処分に関する「強化指定選手に対する指定取消し等の不利益処分に関する手続規程」(甲2号証。以下「本件手続規程」という。)が施行された。

18 2016年4月28日、被申立人が、申立人に対し、聴聞期日を同年5月16日とする聴聞通知書を送付した(甲13号証)。

19 後日、聴聞期日は、2016年5月27日に変更された。

20 2016年5月26日、申立人は、聴聞の期日への出頭に代えて、陳述書及び証拠を提出した(甲14の1から5号証)。

21 2016年6月3日、被申立人が、申立人を本件処分に付すことを決定した。

22 2016年6月6日、被申立人が、本件処分を申立人に通知した(甲3号証)。

23 2016年6月21日、申立人は、本件処分の取消しを求めて日本スポーツ仲裁機構に仲裁申立てを行った。


第4 仲裁手続の経過


 別紙に記載のとおり。


第5 争点


 本件の争点は、以下のとおりである。

① 申立人の本件指示違反の有無

② 本件処分が比例原則に反するか否か

③ 本件手続規程の施行日は2016年4月26日であるところ、被申立人が2016年1月23日の申立人の行為について本件手続規程を適用することができるか否か


第6 本件スポーツ仲裁パネルの判断


1 争点①について


(1)申立人の主張

 被申立人は本件処分の理由として、申立人が本レースにおいて、ⅰ 日本チーム4名全員が集団の前方でまとまって走り、他のチームがアタックを仕掛けた場合には申立人がアタック潰しを行うという指示に反したこと、ⅱ 日本チームのエースであるB選手を優勝または同選手に多くのUCIポイントを獲得させるという方針に反したことを挙げるが、そもそもⅰの指示がなく、申立人はⅱの方針にも違反していないので、本件処分は根拠を欠く。

(2)被申立人の主張

 申立人には、ⅰ及びⅱの事実が存在したので、本件処分には相当の理由がある。

(3)本件スポーツ仲裁パネルの判断

 競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」(JSAA-AP-2003-001号仲裁事案、JSAA-AP-2003-003号仲裁事案、JSAA-AP-2004-001号仲裁事案、JSAA-AP-2009-001号仲裁事案、JSAA-AP-2009-002号仲裁事案、JSAA-AP-2011-001号仲裁事案、JSAA-AP-2011-002号仲裁事案、JSAA-AP-2011-003号仲裁事案、JSAA-AP-2013-003号仲裁事案、JSAA-AP-2013-004号仲裁事案、JSAA-AP-2013-023号仲裁事案、JSAA-AP-2013-022号仲裁事案、JSAA-AP-2014-003号仲裁事案、JSAA-AP-2014-007号仲裁事案、JSAA-AP-2014-008号仲裁事案、JSAA-AP-2015-002号仲裁事案、JSAA-AP-2015-003号仲裁事案、JSAA-AP-2015-006号仲裁事案)と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。

 本件においては、被申立人は申立人が上記(1)ⅰの指示に反したこと及び同ⅱの方針に反したことを認定して本件処分を科したのであるが、申立人はそのような違反はないと主張している。

 不利益処分の基礎となる事実の立証責任については、Court of Arbitration for Sport(以下、「CAS」という)の先例によれば、スポーツ制裁は民事上の制裁であり、立証責任は各国法によるとしたうえでスイス民法典第8条により規律処分の処分者側に立証責任を負わせたものがある(CAS 2010/A/2266、CAS 2014/A/3625)。

 日本法においては、民事訴訟における立証責任については法律要件分類説によるとされており、これによれば義務違反を認定し処分対象者に不利益処分を科した処分者側に義務違反の事実について立証責任があると考えられる。行政訴訟においては「…のときは処分する」という場合は権限行使を主張する行政庁側が立証責任を負うという学説が有力である。労働紛争における立証責任については懲戒処分に該当する客観的合理的理由については使用者側が立証責任を負うと解されている。

 これらから見て、被申立人のような国内スポーツ連盟が同連盟に登録する選手に対してオリンピックの選手選考から除外するというような重大な不利益処分を行う場合には、その処分の根拠となる事実については国内スポーツ連盟が立証責任を負うというべきである。

 まず、上記(1)ⅰの指示のうち前方で集団になって走るという指示があったか否かについては、被申立人は本レース当日の朝の宿舎におけるミーティングでそのような指示をしたと主張するのに対して、申立人はそのような指示は前日のミーティングにおいてなされ横風があったときのみに関するものであったと主張している。前方で集団になって走るという指示の存在は被申立人側の供述書(乙6号証A氏の陳述書、乙8号証F氏の陳述書)において述べられているだけで、申立人は「唯一、日本チームとして集団の前方に固まったほうが良いという話が出たのは、「横風が吹いたら」という条件付きの話でした」と述べており(甲14号証の1申立人の陳述書)、両者の主張は食い違っており、前方で集団になって走るという指示があったかどうかに関し客観的な証拠は見当たらない。

 上記(1)ⅰの指示のうちアタック潰しをしたかどうかについては、被申立人は申立人がアタック潰しに参加しなかった(乙6号証A氏の陳述書)と述べているのに対して、申立人は「韓国チームのアタックは細かいものを合わせるとおそらく10回ほどだったと思いますが、必要に応じて逃げが決まってしまわないように危ないアタックに対して全て対応し、アタック潰しに成功しました」と述べており(甲14号証の1申立人の陳述書)、両者の主張は食い違っており、申立人が明確にアタック潰しの指示に違反したという客観的な証拠は存在しない。

 以上のことから、被申立人は客観的な証拠に基づくことなく、申立人に対して本件処分を科したものであり、本件スポーツ仲裁手続きにおいて被申立人が立証責任を果たしたとはいえないので、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例にいう「②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合」にあたると考えられる。


2 争点②について


(1)申立人の主張

 仮に、上記1(1)ⅰ及びⅱの事実が認められたとしても、申立人の違反の程度は重大とはいえず、他方、本件処分は、オリンピックという大舞台に立つチャンスを最終選考に至る前に奪うものであり、本件処分は比例原則に反する。

(2)被申立人の主張

 申立人が、過去に被申立人から厳重注意を受けて予め誓約していたにも関わらず、被申立人の指示に反する行動を取ったことは看過することができず、むしろ申立人に及ぶ不利益を最小限とするための配慮から「強化指定取消し」ではなく、「リオ・オリンピックの選考外」に留めたのであって、本件処分の重さも相当なものである。

(3)本件スポーツ仲裁パネルの判断

 争点①及び③に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断により、本件処分は取り消されるべきであるという結論に至ったので、争点②については判断する必要を認めなかった。


3 争点③について


(1)申立人の主張

 本件処分の根拠となる本件手続規程の施行日は2016年4月26日であるところ、被申立人が2016年1月23日の行為について本件手続規程を適用したことには不当な意図がある。

 また、不利益処分の遡及適用の禁止という一般法理により、本件手続規程を遡及して適用して本件処分を科すことはできない。

(2)被申立人の主張

 本件手続規程は全選手に適用されるものであり、むしろ、強化指定取消等による不利益が大きいことから選手の手続保障のために作成したものであり、不当な意図はない。

(3)本件スポーツ仲裁パネルの判断

 本件処分の基礎となる事実は、2016年1月23日に行われた本レースに関するものであるが、本件手続規程は、2016年4月26日に施行されたものであり、本件手続規程施行前の行為について本件手続規程を適用して本件処分を科することができるかが問題となる。

 不利益処分の遡及適用の禁止の原則については、憲法第31条が罪刑法定主義を定めているが、これは行政法規及び労働法規において一般に不利益処分を科する場合にも当てはまると解されている。CASの先例(CAS 2000/A/274、CAS 2012/A/3055)においても、不利益処分の遡及適用の禁止の原則はスイス法上一般に認められているとしている。このように、不利益処分の遡及適用の禁止の原則は法の適用の一般原則・条理の表現といえる。

 この不利益処分の遡及適用の禁止の原則は競技団体の不利益処分の効力が争われるスポーツ仲裁案件においても当てはまるどうかについては、行政手続法の適用との関係で、「確かに公益法人である相手方協会に対して行政手続法等が直接に適用される余地はないが、その規定の趣旨が法の適用の一般原則・条理の表現でもある場合には、それが本件処分のような決定に対しても適用されることを妨げるものではない」という仲裁判断の先例がある(JSAA-AP-2003-001号仲裁事案)。

 以上から見れば、不利益処分の遡及適用の禁止の原則は法の適用の一般原則・条理の表現であるので、競技団体の不利益処分の効力が争われるスポーツ仲裁案件においても不利益処分の遡及適用の禁止の原則が当てはまると考えられる。したがって、国内スポーツ連盟が登録選手に対して不利益処分を科することができる旨の規則を制定した場合、当該規則施行前の登録選手の行為に対して当該規則に基づいて不利益な処分を科することは不利益処分の遡及適用の禁止の原則により認められないというべきである。

 これを本件についてみれば、本件処分は申立人にとって不利益なものであることから、本件手続規程は聴聞の機会を与えることにより手続き保障を図っており手続規程の体裁をとっているようにみえる。しかし、本件手続規程附則第2条は本件手続規程施行前の行為について、本件手続規程を適用することを定めており、これにより施行前の行為に対して有効性が疑わしい不利益処分を行うことを可能にするものである。また、本件手続規程第15条1項は処分対象者は、被申立人がこの規定に基づいてした処分に不服がある場合、日本スポーツ仲裁機構に対して処分の取消しを求めて仲裁の申立てを行うことができると定めており、被申立人が本件手続規程に基づき処分することを前提としている。これらから見て、本件手続規程は実体規定であると考えられるため、本件手続規程は不利益処分の遡及適用の禁止の原則により認められないといわざるを得ない。

 この点は、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例にいう「④規則自体が法秩序に違反している場合」にあたると考えられる。


4 小括


 したがって、本件処分が著しく合理性を欠くものとして、又は本件手続規程が法秩序に違反するものとして、本件処分は取り消されるべきである。


第7 結論


 よって、本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。

 なお、日本スポーツ仲裁機構がスポーツ仲裁規則第50条に基づき本件を緊急仲裁手続きによるとしたことについて、被申立人から異議が出されたが、リオ・オリンピックの代表選手を最終決定する2016年全日本選手権ロードレースが2016年6月25日に伊豆大島で開催され、本件処分によって代表選手となる道を閉ざされている申立人もこのレースに出場することを予定しているので、本件スポーツ仲裁パネルは日本スポーツ仲裁機構がなした緊急仲裁に付する旨の判断は合理的であると思料した。

 

以上

2016年6月24日

スポーツ仲裁パネル    

仲裁人 下條 正浩


仲裁地:東京


(別紙)

仲裁手続の経過

1. 2016年6月21日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「仲裁申立書」「証拠説明書」及び書証(甲第1~20号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。

2. 同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。

3. 同月22日、被申立人は、機構に対し、「上申書」及び「委任状」を提出した。

   同日、機構は、下條正浩に「仲裁人就任のお願い」を送付した。

   同日、下條正浩は、仲裁人就任を承諾し、下條仲裁人を仲裁人長とする、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。

   同日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。

4. 同月23日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問開催日、審問当日の出席者、証人尋問申請及び答弁書提出期限に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。

   同日、被申立人は、機構に対し、「答弁書」「証拠説明書」及び書証(乙第1~11の1ないし26号証)を提出した。

   同日、申立人は、機構に対し、「第1準備書面」を提出した。

5. 同月24日、申立人は、機構に対し、「第2準備書面」を提出した。

   同日、東京において審問が開催され、 両当事者から冒頭陳述がなされた後、本件スポーツ仲裁パネルから両当事者に主張内容の確認がなされた。

   同日、本件スポーツ仲裁パネルは、審理を終結した。


以上

 

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 山本 和彦



仲裁判断の骨子

仲 裁 判 断 の 骨 子
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2016-001

申立人:X

 

申立人代理人:弁護士 合田 雄治郎

       弁護士 安藤 尚徳

       弁護士 多賀 啓


被申立人:公益財団法人 日本自転車競技連盟(Y)


被申立人代理人:弁護士 畑 敬

        弁護士 小池 修司


主   文


本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

1 被申立人が2016年6月3日に行った、第31回オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)(以下「リオ・オリンピック」という。)女子ロードレースの選考から申立人を除外するとの決定を取り消す。

2 申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。


 本件は、緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人及び被申立人に送付する。


 

理由の骨子

第1 事案の概要


 本件は、被申立人が、2016年6月3日、リオ・オリンピック女子ロードレースの選考から申立人を除外するとの決定(以下「本件処分」という。)を行ったため、申立人が本件処分の取消しを求めた事案である。


第2 申立人の主張


 申立人は、本件処分が取り消されるべき理由として、以下の主張をしている。

① 被申立人は本件処分の理由として、申立人が2016年1月23日に開催された2016年伊豆大島アジア選手権大会エリート女子・ロードレ―ス(以下「本レース」という。)において、ⅰ 日本チーム4名全員が集団の前方でまとまって走り、他のチームがアタックを仕掛けた場合には申立人がアタック潰しを行うという指示に反したこと、ⅱ 日本チームのエースであるA選手を優勝または同選手に多くのUCIポイントを獲得させるという方針に反したことを挙げるが、そもそもⅰの指示がなく、申立人はⅱの方針にも違反していないので、本件処分は根拠を欠く。

② 仮に、ⅰ及びⅱの事実が認められたとしても、申立人の違反の程度は重大とはいえず、他方、本件処分は、オリンピックという大舞台に立つチャンスを最終選考に至る前に奪うものであり、本件処分は比例原則に違反する。

③ 本件処分の根拠となる「公益財団法人日本自転車競技連盟 強化指定選手に対する指定取消し等の不利益処分に関する手続規程(以下「本件手続規程」という。)の施行日は2016年4月26日であるところ、被申立人が2016年1月23日の行為について本件手続規程を適用したことには不当な意図があり、かつ、不利益処分の遡及適用の禁止という一般法理により、本件手続規程を遡及して適用して本件処分を科すことはできない。


第3 被申立人の主張


 これに対し、被申立人は、次のように反論をしている。

① 申立人には、ⅰ及びⅱの事実が存在したので、本件処分には相当の理由がある。

② 申立人が、過去に被申立人から厳重注意を受けて予め誓約していたにも関わらず、被申立人の指示に反する行動を取ったことは看過することができず、むしろ申立人に及ぶ不利益を最小限とするための配慮から「強化指定取消し」ではなく、「リオ・オリンピックの選考外」に留めたのであって、本件処分の重さも相当なものである。

③ 本件手続規程は全選手に適用されるものであり、むしろ、強化指定取消等による不利益が大きいために選手の手続保障のために作成したものであり、不当な意図はない。


第4 本件仲裁パネルの判断


 競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「日本スポーツ仲裁機構」という。)の仲裁判断の先例によれば、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。

 本件においては、被申立人は申立人が上記2.①ⅰの指示に反したこと及び同ⅱの方針に反したことを認定して本件処分を科したのであるが、申立人はそのような違反はないと主張している。まず、上記2.①ⅰの指示のうち前方で集団になって走るという指示があったか否かについては、被申立人は本レース当日の朝の宿舎におけるミーティングでそのような指示をしたと主張するのに対して、申立人はそのような指示は前日のミーティングにおいてなされ横風があったときのみに関するものであったと主張している。この点に関しては、本件処分は申立人にとって不利益であるのでそのような不利益処分を科する被申立人が立証責任を負うものであるが、このような指示の存在は被申立人側の供述書において述べられているだけで、客観的な証拠は見当たらない。上記2.①ⅰの指示のうちアタック潰しについては両者の主張は食い違い申立人が明確にこれに違反したという客観的な証拠は存在しない。したがって、本件処分は客観的な証拠に基づくものではなく、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例にいう「②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合」にあたると考えられる。

 次に、本件処分の基礎となる事実は2016年1月23日に行われた本レースに関するものであるが、本件手続規程は2016年4月26日に施行されたものであり、本件手続規程施行前の行為について本件手続規程を適用して本件処分を科することができるかが問題となる。

 不利益処分の遡及適用の禁止については、憲法31条が罪刑法定主義を定めているが、これは行政法規および労働法規において一般に不利益処分を科する場合にも当てはまると解されている。CASの先例(CAS 2000/A/274、CAS 2012/A/3055)においても、不利益処分の遡及適用の禁止が認められている。これを本件についてみれば、本件手続規程附則第2条には、本件手続規程施行前の行為について、本件手続規程を適用することが規定されているが、本件手続規程は不利益処分を定める規定であるため、本件手続規程附則第2条は、不利益処分の遡及適用の禁止原則に反するものと考えられる。この点は、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例にいう「④規則が法秩序に違反する場合」にあたると考えられる。

 したがって、本件手続規程が法秩序に違反するものとして又は本件処分が著しく合理性を欠くものとして、本件処分は取り消されるべきである。


第5 結論


 以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは、主文のとおり判断する。

 なお、本件については緊急仲裁に付するべきではないという主張が被申立人からなされたが、リオ・オリンピック出場選手を決定する全日本エリートロードレースが2016年6月25日に伊豆大島で開催され、本件処分によって代表選手となる道を閉ざされている申立人もこのレースに参加することからみて日本スポーツ仲裁機構がなした緊急仲裁に付する旨の判断は合理的であると思料した。

 

以上

2016年6月24日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 下條 正浩


仲裁地:東京


 

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 山本 和彦


  ※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。