仲裁判断

 

仲裁判断(2013年12月26日公開)
仲裁判断の骨子(2013年12月5日公開)


  

仲裁判断

仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2013-024

申立人         X1

申立人法定代理人    X2

            X3

申立人代理人  弁護士 緒方 延泰

        弁護士 矢野 雅裕

        弁護士 飯野 毅一

被申立人        公益財団法人日本卓球協会

被申立人代理人 弁護士 小林 健太郎

主  文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

(1)申立人の請求第1項及び第2項を棄却する。

(2)申立人の請求第3項を却下する。

(3)仲裁申立料金は、申立人の負担とする。

理  由

 

第1 当事者の求めた仲裁判断

 

1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1) 2013年12月4日に被申立人が行った、2014年1月22日及び23日に開催される「2014 YOG World Qualification」における出場選手の決定を取り消す。

(2) 被申立人は、2013年12月5日迄に、申立人を、2014年1月22日及び23日に開催される「2014 YOG World Qualification」における出場選手に決定せよ。

(3) 被申立人は、2013年12月6日迄に、申立人が2014年1月22日及び23日に開催される「2014 YOG World Qualification」に参加するために提出が必要な「Entry Form」及び「Visa Form」を「ITTF Event&Olimpic Games Expert」及び同大会組織委員会へ提出せよ。

(4) 申立て料金は、被申立人の負担とする。

2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

  申立人の請求をいずれも棄却する。

 

第2 仲裁手続の経過

 

 別紙に記載のとおり。

 

第3 事案の概要

 

 本事案は2014年1月に国際卓球連盟(ITTF)が主催する世界予選大会(2014 YOG World Qualification、以下「本件予選会」という。)への派遣選手の選考に関する紛争である。本件予選会は、各国より1名ずつ、合計16名の選手が出場でき、本件予選会における成績上位4名には、2014年8月に中国・南京で開催される第2回ユースオリンピック(以下「本件ユースオリンピック」という。)の出場資格が与えられることになっており、本件ユースオリンピックの出場権の獲得とも関連する重要な大会となっている。

 申立人は、国際卓球連盟が設定した本件予選会の出場資格をクリアしていたが、被申立人は、国際卓球連盟が設定した基準とは別に独自の基準を設定し、かかる基準に基づき他の選手を本件予選会の派遣選手として決定した。このため、申立人は、かかる被申立人の決定を不服として、かかる決定の取消し及び申立人を本件予選会の派遣選手と決定することを求め、本件仲裁申立てに及んだものである。

 

第4 判断の前提となる事実

 

 本件仲裁において当事者双方より提出された証拠及び本件仲裁の全趣旨に基づき、本件スポーツ仲裁パネルが認定する事実関係は以下のとおりである。

 

1 国際卓球連盟は、2012年10月9日、本件ユースオリンピックの卓球競技に関する選手選考過程(以下「本件選考過程」という。)を明らかにした(甲2)。本件選考過程には、以下のような定めがある。

(1) 競技は男子シングルス、女子シングルス及び混合団体の3つからなる。

(2) シングルス競技は、4つの予選過程において合計27名の選手を選考し、このほか出場国枠等で選考された合計32名の選手で実施される。

(3) 各国あたりの出場選手数の上限は男女各1名の合計2名である。

(4) 4つの予選過程とは、①2014年1月に開催される本件予選会による選考、②本件予選会後に発表される2014年2月の世界卓球連盟の18歳以下世界ランキングによる選考、③2014年に開催される世界ジュニアサーキット大会による選考、及び④2014年2月から5月にかけて開催される各大陸予選会による選考である。なお、①では上位4名が本件ユースオリンピックへの出場資格を得ることができ、②では上位3名が本件ユースオリンピックへの出場資格を得ることができる。

(5) 本件予選会に出場するためには、2013年に開催される6つの世界ジュニアサーキット大会(以下各大会を「GJC」という。この6つのGJCシリーズはThe 2013 Road to Nanjing series (2013年南京への道シリーズ)と総称されており、以下「RTN2013」という。)において成績に応じて付与されるポイント数に基づき、RTN2013の獲得総ポイントで上位16名(ただし、各国1名)以内に入ることが必要である。ただし、RTN2013において各大陸における最上位の選手(合計6名)は、ポイントやランクにかかわらず、本件予選会への出場資格が保証される。

2 その後、国際卓球連盟は、2013年2月28日、本件ユースオリンピックへの出場権獲得に関するガイドラインを発表した(以下「本件ガイドライン」という。)(甲3)。本件ガイドラインには、以下のような記載がある。

(1) 本件予選会への出場選手は、各国ごとに1名とする。世界卓球連盟は、各国や世界ランキングにかかわらず、RTN2013において獲得したポイントのみに基づき、本件予選会への出場選手を招請する。各国の卓球協会とオリンピック委員会(以下「NOC」という。)は、任意の判断に基づき招請に応じるか断るかを決定するものとする。

(2) 本件予選会への出場権(RTN2013のポイントランキングで上位16名に入ることをいう。)を有する選手が2名以上存在する国の卓球協会は、1名のみを出場させることができる。この場合、当該国の卓球協会は、他の選手をリザーブリストに確保し、公式案内に記載された期限までに出場選手を入れ替えることができる。

(3) 2014年2月1日付の世界卓球連盟の18歳以下世界ランキングにおいては、上位3名の選手につき、本件ユースオリンピックへの出場資格を与える。これは、最も有力な選手に対するセーフティネットであり、また、各国の卓球協会に対し、国内選考のためのオプションを与えるものである。

3 申立人は、2012年12月ころ、本件選考過程を知り、本件ユースオリンピックへの出場を志すようになった。その後、2013年4月よりA県内の高校に進学し、顧問の勧めもあって、2013年5月に、RTN2013の初戦に出場することを決意し、被申立人に対して出場参加登録を行った。この際、上記顧問は、被申立人に対し、申立人の意向を電話で報告したところ、被申立人担当者からは、被申立人としては、世界卓球連盟が示している本件予選会への出場基準(1(5)及び2(1))とは異なる独自の基準に基づき、本件予選会への出場選手を決定する旨及びかかる独自基準の内容についての説明があった。

4 被申立人は2013年3月9日、本件予選会への出場選手の選考基準として、「2013年12月中発表の世界ランキングにおいて、年齢有資格者の中で最上位の男女各1名」を本件予選会に出場させる旨決定した(甲4の2)。なお、かかる決定には、「6つのジュニアサーキット(2013年 南京への道シリーズ)で獲得したポイントの順位は世界予選会出場者選定の際に考慮しない。」との付記がなされている。被申立人は、かかる決定を、2013年5月24日ころ、被申立人のウェブサイト上に掲載した。

5 申立人は、2013年6月19日から23日に開催されたGJCエジプト大会においてジュニア女子シングルス3位の成績を収め、440ポイントを獲得した。また、申立人は、2013年8月29日から9月1日に開催されたGJCカナダ大会においてジュニア女子シングルス優勝の成績を収め、1000ポイントを獲得した。最終的に、申立人は、RTN2013において1440ポイントを獲得し、ジュニア女子で3位、日本人では最上位となった。これにより、申立人は、本件予選会のInvited Girls Playersの一人としてノミネートされた(甲5)。なお、Invited Girls Playersは、RTN2013のポイントランキングをベースとし、各国の最上位1名の選手及び各大陸1位の選手をポイントランキング順に上位16位まで選出したものであり、ポイントランキング単体で上位16名に入っていても、当該選手と同じ出身国の選手が当該選手より上位にランクされている場合は、Invited Girls Playersにはノミネートされず、Reserved Girlsにノミネートされている。

6 RTN2013には、申立人のほか複数の日本人選手が出場した。このうち、B選手は、2013年7月31日から8月4日に開催されたGJC韓国大会においてジュニア女子シングルス優勝の成績を収め、1000ポイントを獲得した。同選手は、最終的に、RTN2013ポイントランキング5位にランクされ、日本人では2位となった。これにより、同選手は、本件予選会のReserved Girlsの一人(日本人1位)としてノミネートされた(甲5)。 また、C選手は、前記GJC韓国大会に出場し、女子シングルス2位の成績を収め、700ポイントを獲得した。同選手は、最終的に、RTN2013ポイントランキング10位にランクされ、日本人では3位となった。これにより、同選手は、本件予選会のReserved Girlsの一人(日本人2位)としてノミネートされた(甲5)。

7 本件予選会の開催要領によると、本件予選会へエントリーする場合は、2013年12月6日の23時59分(GMT)までに、派遣選手の所属する国の卓球協会が本件予選会の組織委員会及び競技責任者宛にEメールにて出場申込書を提出することとされている(甲9、甲10)。

8 申立人は、被申立人に対し、申立人を本件予選会の派遣選手として出場申込書を提出するよう要請した。しかし、被申立人は、本件仲裁申立て後の2013年12月3日に発表された2013年12月の世界卓球連盟の女子世界ランキングに基づき、2003年12月4日、申立人、B選手及びC選手の3選手のうち世界ランキング最上位にあったC選手を派遣選手とすることを決定し、世界ランキング第2位のB選手を1番目の補欠選手、申立人を2番目の補欠選手とすることを決定した。

 

第5 本件スポーツ仲裁パネルの判断

 

1 被申立人が世界卓球連盟と異なる独自基準を採用することの可否について

 

(1) 問題の所在

本件予選会への出場資格に関し、主催者の世界卓球連盟は、本件選考過程及び本件ガイドラインに基づく選考基準(以下「本件世界基準」という。)を定めている。これによると、本件予選会への出場資格はRTN2013で獲得したポイント数にのみ依拠するのであり、日本選手では申立人が最上位となり資格を満たしている。

 これに対し、被申立人は、本件世界基準を明示的に排除するとした上で、独自の選考基準(以下「本件日本基準」という。)を定めている。これによると、日本選手ではC選手が最上位となり、申立人は出場資格を得られないことになる。

 このため、本件予選会の出場資格が誰に与えられるかを検討するに先立ち、被申立人が本件日本基準により選手を選考することが可能であるか、世界卓球連盟は、本件日本基準で選考された選手を本件予選会の出場選手として認めないとすることがあるのかを検討する必要がある。  

 

(2) 本件世界基準と各国の裁量権の関係

本件世界基準は、本件予選会への出場資格について、RTN2013におけるポイント数の上位16名をベースに各大陸における最上位の選手には無条件で出場を認めるとしている。これに対し、本件日本基準は、本件世界基準を明示的に排除した上で、2013年12月における世界ランキングを基準として最上位の選手を本件予選会に出場させるとしている。このため、本件世界基準と本件日本基準は真っ向から矛盾し相入れないものであると解し得るところである。

しかしながら、本件世界基準によったとしても、本件世界基準に基づき選定された選手が自動的に本件予選会の出場選手として確定するわけではない。本件選考過程及び本件ガイドラインによれば、世界卓球連盟が本件世界基準により選出した選手に関し、本件予選会に出場させるか否かの判断は、各国の卓球協会とNOCに委ねられている。すなわち、この点において、各国卓球協会に一定の裁量が与えられていると解される。

更に、本件ガイドラインにおいては、本件予選会への出場権(RTN2013のポイントランキングで上位16名に入ることをいう。)を有する選手が2名以上存在する国の卓球協会は、1名のみを出場させることができる、とされている。そして、当該国の卓球協会には、一定期間中、出場選手と控えの選手を入れ替える権限も与えられている。すなわち、RTN2013のポイントランキング上位16名に入る選手が複数存在する国の卓球協会は、かかる条件を満たす複数の選手のうちいずれの選手を本件予選会に派遣するかについて、任意に判断し決定することができるし、あるいは、前記のとおり、いずれの選手も派遣しないことも容認されている。

  このように、本件世界基準は、一見するとRTN2013のポイントランキングで自動的に本件予選会の出場選手が決定されるようにも読めるが、仔細に検討すると各国の卓球協会に最終的な出場選手の決定に関する相応の裁量権が与えられているということができる。

 

(3) 本件日本基準の位置付け    

 上記のとおり、本件世界基準は、各国卓球協会に一定の裁量を認めていると解されるものの、本件日本基準は、本件世界基準を明示的に排除し、全く独自の基準を策定しているようにも見受けられることから、そのような基準の乖離についての疑義が生ずるところではある。

  しかしながら、少なくとも本事案における実際の適用に関する限り、本件日本基準は、本件世界基準と整合しないことにはならない。本件世界基準によると、RTN2013のポイントランキング上位16名には本件予選会への出場権が認められるが、この本件世界基準を満たした者以外から本件予選会への出場選手が選定される余地はなく、むしろ本件日本基準は、本件世界基準をクリアした複数の出場権者がいる場合に、その中からいずれの選手を最終的に選定するかという過程において、本件世界基準を補完する基準として機能しているものと評価できる。すなわち、本事案においては、申立人、B選手及びC選手の3名が本件世界基準による出場権を有しているが、本件日本基準に依拠したとしても、本件世界基準を満たした前記3名以外から本件予選会への出場選手が選定される余地はないから、結局、本件日本基準はこの限りで本件世界基準と矛盾することにはならない。本件日本基準は、本件世界基準を満たした前記3名の中から1名の出場選手を選ぶ際の基準として意味を持つものである。

 かかる事実は、被申立人が世界卓球連盟に行った照会結果からも認めることができる。すなわち、被申立人は2013年12月3日ころ、本件予選会の競技責任者であるD氏にEメールにて照会を行い、同人より、2013年12月5日、本件予選会への出場権を有する選手は、申立人のほかB選手及びC選手の3名であり、被申立人が任意に出場選手を決定することができる、との回答を得ている(乙1)。

 

(4) 結論

 本件世界基準においても、本件世界基準と矛盾しない範囲内で各国卓球協会には一定の裁量が認められている。そして、本件日本基準は、少なくとも本事案の適用に関する限りにおいては、本件世界基準と矛盾するものではなく、本件世界基準を前提に、本件世界基準を補完するための基準として機能している。かかる補完基準の設定自体は、本件世界基準が被申立人に与える裁量権の行使基準を客観化、明確化するものであり、被申立人に与えられた裁量権を逸脱したものとはいえない。

 

2 本件日本基準の合理性について

 

(1) 問題の所在

本件日本基準の設定自体は本件世界基準に反しないとしても、本件日本基準自体が著しく不合理であれば、かかる基準自体が無効と解される余地がある。このため、本件日本基準の合理性が問題となる。

 

(2) 本件日本基準の合理性に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断基準

競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「国内競技団体(被申立人もその一つである)については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁パネルは国内競技団体の決定を尊重しなければならない。しかし、仲裁パネルは、①国内競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが決定が著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合には決定を取消すことができると解すべきである。」と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。よって、本事案においても上記基準に基づき判断する。

本事案においては、上記④、すなわち本件日本基準が「著しく合理性を欠く」といえるかどうかが問題となる。

 

(3) 本件日本基準の合理性に関する検討

 本件ユースオリンピックへの出場資格は各国1名に制限されており、また、本件予選会への出場資格も各国1名に制限されている。このため、本件ユースオリンピックにおいて最も優秀な成績を収める可能性の高い選手を本件予選会に派遣することは、競技団体である被申立人においても極めて重要であり、その選手選考に当たって慎重な検討が必要とされることはよく理解できるところである。そして、かかる目的を達成するためには、複数の選手を様々な角度から多面的に分析、評価を行うことが必要であるといえ、かかる評価が合理的な範囲において行われる限り、被申立人によるかかる評価は許容されているものといえる。

 本事案において、被申立人は、かかる観点から、本件世界基準、すなわちRTN2013におけるポイント獲得状況をベースとしつつ、これに世界ランキングを加味して本件予選会への出場選手を決定しようとしたものである。

 世界卓球連盟が毎月1回発表する世界ランキングは、単なる勝敗のみならず対戦相手のランキング等を加味した複雑な計算式により自動的に算定され、その過程において被申立人や選手の恣意的判断が入る余地はない。そして、本件日本基準は、主観的な判断基準によるものではなく、「2013年12月時点における世界ランキング」という一義的な数値基準によるものである。また、世界ランキングはそれ自体が複雑な決定方法ではあるものの、各国の卓球協会を総括する世界卓球連盟が定める唯一のランキングとして、現在の卓球界においては相応の権威と客観性を持ったものであることは否定し難い。したがって、本件世界基準に加えて、補完的に世界ランキングを参照した上で本件予選会への出場選手を決定する、という被申立人の選考方法は、選手を客観的かつ多面的に評価するための一手法として、著しく合理性を欠くとまではいい難いものといえる。

 

(4) 申立人の主張に関する検討

 これに対し、申立人は、①本件世界基準が世界ランキングを採用していないのは、短期間に心身や技術の成長が著しいジュニア選手の現状における実力を正確に把握するためには、過去の成績に左右される世界ランキングが適切でないという考えに基づくと解されること、②世界ランキングは、金銭的な負担の大きい海外遠征等により左右される部分が大きく、選手の卓球の実力を図るには不適切であること、③②に関連して、世界ランキングの偏重は海外遠征等に出場する余裕のある一部選手を優遇することになり不当であること、等を指摘し、本件日本基準によることなく、本件世界基準で定まる順位に従い本件予選会への出場選手を決定すべきであると主張する。

 確かに、本件世界基準で定まる順位に従い本件予選会への出場選手を決定すべきであるとの主張は、世界卓球連盟が世界ランキングを考慮することなくRTN2013におけるポイントランキングで本件世界基準を制定した趣旨にも沿う考え方であるとの面もある。申立人が努力と鍛錬を重ね、ポイントランキングで日本人1位となり、世界卓球連盟よりInvited Girls Playersとしてノミネートされたことについては、本件スポーツ仲裁パネルとしても大いに敬意を表するものである。

 しかし、①の主張を立証する具体的な資料は存在しない。かえって、世界卓球連盟は、本件予選会で本件ユースオリンピックへの出場資格を得られなかった有力選手のために、セーフティネットとして2014年2月1日時点における世界卓球連盟の18歳以下世界ランキングに基づく選考を実施するとしており(甲2)、本件ユースオリンピックへの出場資格の獲得に際して世界ランキングを相応に尊重しているとも解されるところである。

 また、②及び③に関しては、世界ランキングが本件ユースオリンピックのみならず、他の世界的な大会においても、出場資格を定める基準として機能している以上、外国の選手と試合をするため、海外遠征等が必要となることはやむを得ない面もある。しかも、本件世界基準によったとしても、海外遠征等の負担が軽減されるとは必ずしもいい難い。すなわち、RTN2013においては合計6回のGJCが予定されており、出場すれば40ポイントから最高1000ポイントを獲得する機会を得られる。したがって、RTN2013のポイントランキングは各GJCで得たポイントの合計数により定まるため、ランキング上位に入るためには、より多くのGJCに出場することが近道である。実際、申立人は2回のGJCに出場しているが、B選手及びC選手はそれぞれ1回しか出場していない。このことは、RTN2013において、他の選手を上回る順位を獲得するためには結果的により多くの大会出場が必要となり、そのための金銭的負担を余儀なくされ得ることを示唆している。したがって、本件日本基準が海外遠征等に出場する余裕のある一部選手のみを優遇するための恣意的な基準であるとまで断定することは困難と言わざるを得ない。

以上より、申立人の主張は、いずれも採用するには至らない。

 

3 本件日本基準の決定及び公示時期について

 

 申立人は、本件日本基準が被申立人のウェブサイトに掲載されたのは、申立人がRTN2013に出場することを被申立人に伝えた2013年5月中旬の後となる2013年5月24日であって、これは、申立人の出場を知った被申立人が、自身が意図する一部選手を本件予選会の出場選手として決定しやすいように事後的に作成した恣意的な基準であり、著しく不当であると主張する。このため、この点につき念のため検討する。

 確かに、本件日本基準が被申立人のウェブサイトに掲載されたのは、2013年5月24日ころであり、申立人が被申立人に対しRTN2013に出場するのを伝えた後のことであったと認められる。しかしながら、本件日本基準は、2013年3月9日に被申立人の理事会に提案され、同日に承認されていたことが示されており、これに反する証拠はない。また、申立人が被申立人に対してRTN2013に出場する意思を伝えた際、被申立人の担当者からは、本件日本基準の概要、及び本件予選会への出場選手の選考は本件世界基準ではなく本件日本基準によることが説明されていたと認められる。

 したがって、本件日本基準は、少なくとも、申立人がRTN2013に出場する前の2013年5月中旬ころには申立人に伝えられており、申立人もかかる基準をあらかじめ知った上でRTN2013に出場していたものであるといえる。以上の経緯に鑑みると、本件日本基準が、申立人を本件予選会への出場選手から排除するために事後的かつ恣意的に策定されたものであるとまではいい難い。よって、かかる観点からも、本件日本基準が著しく合理性を欠くとまではいえない。

 

4 結論

 

 以上より、本件日本基準は、少なくとも本事案に関する限り、本件世界基準と矛盾するものではなく、本件世界基準を補完するものであり、本件世界基準が各国の卓球協会に認めた裁量権の行使の方法を客観化、明確化するものであるといえる。そして、本件日本基準は、各国から1名しか出場することができない本件ユースオリンピックの日本代表選手を選考するために、複数の候補選手を多面的な観点から客観的に判断するための指標として必ずしも合理性を欠くとまではいえない。また、本件日本基準は、あらかじめ申立人にも開示されており、制定の経緯及び公表の方法に著しく合理性が欠けているとはいえない。

 

5 請求の趣旨第3項について

 

申立人は、被申立人に対して、本件予選会に参加するために提出が必要な「Entry Form」及び「Visa Form」を 「 ITTF Event&Olimpic Games Expert」及び同大会組織委員会へ提出することを求めている。

 しかし、スポーツ仲裁規則第2条1項は、「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等・・・が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」と規定しており、仲裁判断の対象は「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が行った決定」の当否であるところ、当該請求は、競技団体等の行った決定を対象にしたものではないので、仲裁判断の対象とはなり得ず、却下するのが相当である。

 

第6 結論

 

 以上に述べたことから,本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。

なお、本件事案の性質に鑑みて付言すると、世界卓球連盟が明らかにした本件世界基準の下で本件ユースオリンピックを目指して努力をし、すばらしい成績を収めた申立人が、本件日本基準の下で本件予選会の出場選手に選考されなかったことの無念さは察して余りあるものであるが、本件スポーツ仲裁パネルとしては、申立人が今後も努力を継続することによって、更なる実力を身につけ、卓球選手として大成されることを切に願うものである。更に、被申立人としても、申立人が本件申立てをするに至った心情を理解するとともに、本件申立てによって申立人と被申立人の関係に影響が生ずることがないように配慮し、今後も申立人を含めたジュニア選手の育成に心を砕かれることを望むものである。

以上

2013年12月5日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 山岸 和彦

仲裁人 横山 経通

仲裁人 平野 賢

仲裁地:東京


(別紙)

仲裁手続の経過

1.  2013年12月3日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、申立書、委任状、強化本部規程、「スポーツ仲裁規則」に関する理事会決定通達、証拠説明書1及び書証(甲1~19号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。

同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。また、機構は、事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断し、規則第50条1項及び3項に基づき、本件を緊急仲裁手続によること、及び仲裁パネルを3名とすることも併せて決定した。また、機構は、山岸和彦を仲裁人長に、横山経通、平野賢を仲裁人に選定し、それぞれ「仲裁人就任のお願い」を送付した。

同日、山岸和彦、横山経通及び平野賢は、仲裁人就任を承諾し、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。 同日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問開催日、開催場所、審問出席者及び証人の申請について、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。

2.  同月4日、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人法定代理人の法定代理権を証明する書類の提出について「スポーツ仲裁パネル決定(2)」及び、証人尋問について「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。

同日、申立人は、機構に対し、証人尋問等申請書及び申立人戸籍抄本を提出した。 同日、被申立人は、機構に対し、委任状及び答弁書を提出した。

3.  同月5日、東京において審問が開催された。冒頭、本件スポーツ仲裁パネルから両当事者に主張内容の確認がなされた後、当事者尋問、証人尋問及び最終弁論がなされた。審問の中で、申立人から請求の趣旨変更の申請が口頭でなされ、被申立人からも異議がなかったため本件スポーツ仲裁パネルはこれを許可した。また、被申立人から、書証(乙1号証)が提出された。

 本件スポーツ仲裁パネルは、審問終了後、審理の終結を決定した。

  審問終結後、申立人は、機構に対し、「申立て変更書」を提出した。

  同日、本件スポーツ仲裁パネルは、規則第50条5項に従い、仲裁判断を両当事者に通知した。

 

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 道垣内 正人






仲裁判断の骨子

仲 裁 判 断 の 骨 子
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2013-024

申立人         X1

申立人法定代理人    X2

            X3

申立人代理人  弁護士 緒方 延泰

        弁護士 矢野 雅裕

        弁護士 飯野 毅一

被申立人        公益財団法人日本卓球協会

被申立人代理人 弁護士 小林 健太郎

主   文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

(1)申立人の請求第1項及び第2項を棄却する。

(2)申立人の請求第3項を却下する。

(3)仲裁申立料金は、申立人の負担とする。

 本件は、緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人及び被申立人に送付する。

 

理由の骨子

(1) 申立人は、以下の請求を行った。

1 2013年12月4日に被申立人が行った、2014年1月22日及び23日に開催される「2014 YOG World Qualification(以下「本件予選会」という。)」における出場選手の決定を取り消す

2 被申立人は、2013年12月5日迄に、申立人を、2014年1月22日及び23日に開催される本件予選会における出場選手に決定せよ

3 被申立人は、2013年12月6日迄に、申立人が2014年1月22日及び23日に開催される本件予選会に参加するために提出が必要な「Entry Form」及び「Visa Form」を「ITTF Events & Olympics Games Expert」及び同大会組織委員会へ提出せよ

4 申立て料金は、被申立人の負担とする

(2) 本件予選会は、2014年に開催される第2回夏季ユースオリンピック大会(以下「本件ユースオリンピック」という。)における出場資格を得るための予選会という位置付けであり、被申立人は、本件予選会への出場資格につき、2013年3月9日に「2013年12月中発表の世界ランキングにおいて、年齢有資格者の中で最上位の男女各1名を2014年1月22日~24日開催の世界予選会に出場させる」という基準(以下「本件日本基準」という。)で選考する旨決定した。

(3) 他方、本件予選会の主催者である世界卓球連盟は、本件予選会への出場資格として、2013年6月から11月にかけて開催された6回にわたる世界ジュニアサーキット(以下「GJC」という。)において獲得したポイント数に応じて原則として上位16名に出場資格を付与するものとしている(ただし、各国1名に出場資格が制限されている。)(以下「本件世界基準」という。)。

(4) GJCにおいては、申立人がランキング3位となり、日本人の中では最上位となった。これにより、世界卓球連盟は、申立人をInvited Girls Playersの1人としてノミネートしている。このほか、A選手及びB選手が上位16名に入っており、世界卓球連盟は両選手をReserve Girlsとしてノミネートしている。

  他方、本件日本基準によれば、3選手のうち世界ランキング最上位はA選手であり、申立人は第3順位となる。

  このように、本件世界基準と本件日本基準に齟齬があるように見られるため、いずれを出場選手として決定すべきかが問題となる。

(5) この点、提出された証拠(甲3及び乙1)によれば、本件世界基準においても、各国において複数の選手が本件予選会への出場資格を得る場合があることを念頭に、かかる場合には各国においていずれの選手を本件予選会に出場させるのか選択する権限があると定めている。また、世界卓球連盟は、被申立人の照会に対し、上記3名のいずれもが本件予選会の出場資格があり、いずれを出場選手に決定するかは被申立人において決定することができると回答している。したがって、かかる事情に鑑みると、多少の疑義はあるものの、本件世界基準によったとしても、上記3名には一応いずれも本件予選会への出場資格が認められ、その中のいずれの選手を本件予選会の出場選手とするかについては、被申立人に一定の裁量が認められているものと判断される。

(6) このため、次に、上記3名のうちいずれの選手を本件予選会へ出場させるかについての選考基準の合理性が問題となる。そして、上記のとおり、被申立人は本件日本基準を採用しているので、かかる基準の合理性につき検討する。

(7) この点、申立人は、世界ランキングは、長期にわたる選手の活動が反映される基準であり、申立人のように、急激に実力を伸ばした選手の判断基準としては適切でないこと、特に、ジュニアの選手は短期間に実力が大きく変わるものであり、世界ランキングを基準とすることは不当であることを強調する。確かに、この点は、世界卓球連盟が、世界ランキングを考慮することなくGJCにおけるポイントランキングで本件世界基準を制定した趣旨にも沿う考え方であるといえ、申立人が努力と鍛錬を重ね、ポイントランキングで日本人1位となり、世界卓球連盟よりInvited Girls Playersとしてノミネートされたことについては、本件スポーツ仲裁パネルとしても大いに敬意を表するものである。

  もっとも、本件ユースオリンピックには、各国より代表選手は1名しか出場できないという制限があることに鑑みれば、本件ユースオリンピックにおいてもっとも優秀な成績を収め得ると想定される選手を選考するために多面的な判断が必要となることもまた首肯し得るところである。

 そして、本件日本基準は、主観的な判断基準によるものではなく、「2013年12月時点における世界ランキング」という一義的な数値基準によっており、また、世界ランキング自体が複雑な決定方法ではあるというものの現在の卓球界において相応の権威と客観性を持ったものであることは否定し難い。

  また、各種証拠に基づくと、かかる本件日本基準は、申立人がGJCに出場することを決意した2013年5月の時点で、当初より申立人にも伝えられていたものであり、申立人がGJCに出場することを決意した後に恣意的に制定されたものとまではいえない。

  以上の経緯に鑑みれば、本件日本基準が、被申立人の裁量権の範囲を超えて、著しく合理性を欠くとまではいい難い。

(8) よって、本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。

(9) なお、本件事案の性質に鑑みて付言すると、世界卓球連盟が明らかにした本件世界基準の下で本件ユースオリンピックを目指し努力をし、すばらしい成績を収めた申立人が、本件日本基準の下で選手に選考されなかったことの無念さは察して余りあるものであるが、本件スポーツ仲裁パネルとしては、申立人が今後も努力を継続することによって、更なる実力を身につけ、卓球選手として大成されることを切に願うものである。更に、被申立人としても、申立人が本件申立てをするに至った心情を理解するとともに、本件申立てによって申立人と被申立人の関係に影響が生ずることがないように配慮し、今後も申立人を含めたジュニア選手の育成に心を砕かれることを望むものである。

 

2013年12月5日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 山岸 和彦

仲裁人 横山 経通

仲裁人 平野 賢

仲裁地:東京都


以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。